ヴィヴェーカーナンダとの再会2
ヴィヴェーカーナンダが二度目の欧米渡航をした後、アドブターナンダは僧院を出ました。彼は他の兄弟弟子のようにインド各地を放浪しませんでした。彼はコルカタやドッキネッショルなど師ゆかりの場所から遠く離れずに修行したのです。
1900年12月の夜、突然帰国したヴィヴェーカーナンダは、ベルル僧院(ラーマクリシュナ・ミッションの本部)に現われました。それを知ると、驚き喜んだみんながヴィヴェーカーナンダをめざして走り出しました。
そのときアドブターナンダは僧院近くの船着場に座っていました。知らせを受けても、彼は動きませんでした。
食事を終えたヴィヴェーカーナンダは、船着場のアドブターナンダに会いに行きました。二人は抱き合って挨拶を交わしました。彼は尋ねました。
「どうしたんだ? 君以外はみなわたしに会いに来た。君はわたしが嫌いなのか?」
「嫌いなはずがないではないか。わたしの心がここにいたがったのだ。だからここにいた」
「君は僧院に滞在していないと聞いた。どうやって生活しているのだ?」
「ウペンさんが助けてくれた。食べ物がもらえないような日には、わたしは彼の店の近くに立っていた。彼はすぐに察して、4アンナや2アンナの硬貨をくれたのだ」
これを聞いて、ヴィヴェーカーナンダは天を仰いで言いました。「おお、主よ。ウペンに祝福を」この簡素な祈りが叶えられたのか、ウペンはこの後、非常に裕福になりました。
二人はさらに会話を交わし、ヴィヴェーカーナンダは僧院に戻り、アドブターナンダはそのまま翌朝まで瞑想に没入していました。
プラトーの叡智
ヴィヴェーカーナンダはアドブターナンダの叡智を称えて、古代ギリシャの哲人プラトンとラトゥをかけて『プラトー』とあだ名で呼ぶことがありました。
ある日、ヴィヴェーカーナンダは世界の国々の様々な礼拝をテーマに語っていました。突然、アドブターナンダが尋ねました。「兄弟、君はどこかの国で大地に礼拝している人々を見たことがあるか?」
ヴィヴェーカーナンダは少し驚いて聞きました。「なぜ、そんなことを尋ねるのか?」
アドブターナンダは答えました。「わたしたちが目にする全ては、母なる大地から生まれている。わたしたちの富と輝きの全ては、彼女のハートから取り出されている。
食べる物、着る物、家の中に蓄えてある物、自分が他に勝っていると考えることの全ては、彼女から来ている。それでわたしは思ったのだ。人々が欲する物や楽しむもの全てが得られる大地を、彼らは礼拝しているのだろうかと」
ヴィヴェーカーナンダは感嘆して言いました。「われわれのプラトーは何と賢明に話すことか!」
アドブターナンダ自身は読み書きができませんでしたが、聖典の朗読を聴くのは大好きでした。ある真夜中に(彼は夜に眠りませんでした)、彼の部屋で寝ていた若い僧を起こして、ギータ―を読んでもらいました。
別の日には、若い僧に聖典『カタ・ウパニシャッド』を朗読してもらいました。
「プルシャ、親指ほどの大きさもない、内なる自己、これは人の心の中に常に存在している。人をして彼を忍耐強く肉体から分離せしめよ。草の葉から柔らかな葉柄を分けるように」
この一節を聞いたとき、アドブターナンダは、「まさにそのとおり!」と叫びました。彼は聖典を読むことなく、このような聖典で説かれる境地に到達していたのです。
バララーム邸でのアドブターナンダ
ラーマクリシュナの偉大な信者、バララーム・ボースは、その財力を師とその出家弟子たちに捧げました。師が生前、コルカタで信者たちと会合する場所は、たいていがバララームの屋敷でした。
ラーマクリシュナはよく言っていました。「バララームの家はわたしのコルカタの砦だ。わたしの居間だ」
1903年、アドブターナンダは、そのバララーム邸に住んでほしいと、一家から懇願されました。最初は「わたしは食事も睡眠も不規則だから、あなた方に迷惑をかけてしまう」と断りました。
しかし一家は「聖者に住んでいただくことは、迷惑どころか祝福です。昼と夜の二回、食事を部屋に運びますから、好きな時間に召し上がればいいのです」と懇願を繰り返しました。ついにアドブターナンダは同意しました。
彼の部屋は家の入り口のすぐ右手にありました。ドアはいつも開いており、中は大きながらんとした空間でした。
小さなベッドと薄い床マット、かまどの上のポット以外、何もありませんでした。彼に必要な物はほとんどなかったのです。
アドブターナンダと信者たち
アドブターナンダは一日の大半を屋外で修行していましたが、朝方と夕方にだけ、バララーム邸の部屋で信者たちと語り合いました。
アドブターナンダの見た目はいかつく、厳粛で、ぶっきらぼうで、近づきがたい雰囲気を出していました。そこを通り抜けることのできた幸運な人々は、実は彼が気さくで付き合いやすい人であることを知りました。子供たちも彼になつき、彼の肩に登ったりして遊んでいました。
プレーマーナンダは、アドブターナンダをよく知らない信者の一人にこう言いました。「怖がることはない。あなたはアドブターナンダの恩寵を受けている。
あれほど慈悲深い修行者は滅多にいない。彼と同じ空気に触れるだけでも、あなたは清められ、祝福されるだろう」
あるとき、酒を呑んで千鳥足の男が幾包みかの食べ物を持ち、真夜中にアドブターナンダの所にやってきました。「これを受け取っていただきたい。そうすれば後で自分が、プラサード(神や聖者からのおさがり)としていただけるから」と酔っぱらいは頼みました。
アドブターナンダは、男の頼みを静かに聞いて、食べ物を受け取りました。男は満足して、楽しい歌を歌いながら帰っていきました。
アドブターナンダは信者たちに説明しました。「彼は少しばかりの同情を求めているのだ。どうしてそれを惜しむことがあろうか」
別の日、雨でびしょ濡れの信者がやってきました、アドブターナンダはすぐ衣を用意して「わたしの衣に着替えなさい」と言いました。
信者はうろたえました。敬愛する御方の衣であり、しかも出家修行僧の黄土色の衣でした。それを俗人が身に着ければ冒涜とされたからです。
アドブターナンダは「ぜひ着なさい。風邪をひいて会社に行けなくなると困るから」と説得しました。会社に行けなくなると、貧しい彼の生活が立ち行かなくなる、そのことをアドブターナンダはよく理解していました。
『主へのおまかせ』についてのアドブターナンダの教え
ある時バララーム邸で、「主へのおまかせ」をテーマに信者たちに説きました。
「君たちは、『主へのおまかせ』ということを実に表面的な意味で話している。二日間ずっと『彼(主)』に呼びかけても何も答えがなければ、君たちは次の日には自分の気まぐれに従うのだ。まるで、彼よりも自分のほうが自分のことをよく知っているかのようにね!
『彼』におまかせするということが、どういうことかわかるかい? それは『彼』の命令によって動く、ということだ。『彼』からはっきりとした指示を受け取らないでは、何もしてはいけないのさ。
そのためにさまざまなものに対面しなくちゃいけないだろう。その境地に達して初めて、君たちは本当に『彼』におまかせした、ということができるんだ。その他はありえない。
兄弟ヴィヴェーカーナンダはよくこう言っていた。『ラーマが得られなければ、シャーマと生きようというのか? もし必要ならば、この生涯は聖ラーマクリシュナのために棒に振ろう』
彼の師に対する献身の深さをごらん! 彼は師のためにならいつでも、何の見返りもなしに命を捧げる覚悟ができていた。
このように師にすがるべきなのだ。そのときに初めて、『彼』は君たちを正しい道に導くことがおできになるのだ」
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