ブッダ伝(15)仏の顔も三度まで:釈迦族滅亡の物語

仏教

ヴィドゥーダバ王の進軍とブッダ

「ついに復讐の時が来た。出陣だ! 釈迦族を根絶やしにせよ!」


コーサラ国の若き王ヴィドゥーダバは号令を下し、大軍を率いて釈迦国の首都カピラバストゥへの進軍を開始しました。彼の心には、釈迦族への報復の炎が燃えたぎっていました。

途中、ヴィドゥーダバ王は、道沿いにある枯れ木の下に坐っているブッダを目撃しました。彼にとってブッダは大恩ある存在でした。

王は馬を降り、ブッダの前に膝をつくと、「尊き方よ、なぜこの暑い日にこんな木陰の少ない木の下においでになるのですか?」と疑問を投げかけました。

ブッダは答えました。「王よ、たとえ枯れ木の枝でも、親族の木陰は涼しい。どれほど木陰が濃くても、暑さを防ぐのみだ。人はみな親族の陰に入りて心のなごみとするのだ」

この謎めいた言葉に触れた王は、ブッダが釈迦族出身であることを思い出しました。王は深く敬礼し「全軍、撤退せよ!」と命じ、軍は来た道を引き返しました。こうして、釈迦族の一度目の危機が回避されたのです。

釈迦族滅亡のはじまり

「師よ、なぜヴィドゥーダバ王は釈迦族に敵意を抱いているですか?」
侍者のアーナンダはブッダに尋ねました。

「アーナンダよ、かつてコーサラ国の先王パセーナディは、私の信者になったことを喜びとして、釈迦族と親族関係を深めたいと望んだ」と、ブッダはその因縁を物語りはじめました。

パセーナディ王は釈迦族の王族の女性との結婚を申し出ました。しかし釈迦族は小国ではありながらも自らの血統に誇りを持っており、他の血族との婚姻を嫌ったのです。

そこで、王族のマハーナーマと奴隷階級の召使いとの間に生まれた美貌の娘を、正室の子と偽り、王に差し出したのです。

「その娘とパセーナディ王との間に生まれたのがヴィドゥーダバなのだ」とブッダは続けました。

ヴィドゥーダバ王子の屈辱と誓い

ヴィドゥーダバは己の出生の秘密を知らないまま健やかに育ちました。王子が八歳の春、弓術の習得のために母の故郷カピラヴァットゥにやってきました。

釈迦族の人々は王子が奴隷階級の子供であることを知っていたため、彼を歓迎する者はほとんどいませんでした。王子に向けられたのは冷ややかな視線ばかりでした。

ある時、ヴィドゥーダバ王子が何の気なしに聖堂の腰掛けに座ると、釈迦族の者が「奴隷の子が座った!」と罵りの言葉を浴びせ、その腰掛けを乳を混ぜた水で洗いました。

王子はついに自身の出生の真相を知りました。そしてこの屈辱を深く心に刻み、復讐を誓いました。「私が王になった暁には、彼らの血でこの腰掛けを洗い清めてやる」と。

一方、この事実を知らされたパセーナディ王は、王子とその母を宮廷から追放し、釈迦族討伐の軍を起こそうとしました。しかし、ブッダの説法に心打たれた王は、母子を許し、討伐を取り止めました。

王位奪取とパセーナディ王の憤死

ヴィドゥーダバ王子は、密かにコーサラ国内の大臣たちを懐柔し、自分の陣営に引き入れていきました。彼はパセーナディ王の留守中を狙い、クーデターを起こしました。この反乱は、突然かつ巧妙に行われ、王子はコーサラ国の王座を奪い取ったのです。

一方、パセーナディ王は、留守中の事態を知り、同盟国であるマガダ国の支援を求めて馬を走らせました。しかし、その途中で急死しました。

ブッダはこの話を締めくくりながら言いました。「全ての始まりは釈迦族の偽りにあった。この偽りはこの社会の根底にある差別意識から生まれたのだ」

仏の顔も三度まで:カルマの流れとカピラ城の陥落

復讐の炎にかられたヴィドゥーダバ王は、三度にわたって進軍し、三度ともブッダに遭遇して、撤退を余儀なくされました。しかし、四度目の進軍ではブッダは現われず、カピラバストゥへの攻撃がついに始まりました。

ブッダは釈迦族のカルマ(宿縁)を観て「彼らの悪業が熟しており、もはや止めるべきではない」と、四度目の進軍には出かけませんでした。この出来事が『仏の顔も三度まで』ということわざの由来とされています。

『神通第一』の仏弟子モッガラーナは、カピラ城周辺をバリアで覆い軍隊の侵攻を防ごうとしました。しかしブッダに「やめよ。神通力をもってしても、もはや釈迦族のカルマを変えられないのだ」と制止しました。

コーサラ軍の城攻めは苛烈を極めました。釈迦族は弓術に長けていましたが、ブッダの教えを信奉していたので、殺生を犯すことを避け、わざと急所を外して射ました。その結果コーサラ軍に城門を破られ、カピラ城は陥落し、城内は血の海と化しました。

マハーナーマの自己犠牲

この絶望的な状況の中、一人の年老いた釈迦族の王族が、無抵抗な姿でヴィルーダカ王の前に現われました。ヴィドゥーダバ王の祖父マハーナーマでした。

「大王様、私があの池に入り水中に没している間だけ、どうか一族が逃げるのを見逃していただけないでしょうか」と彼は懇願しました。ヴィドゥーダバ王はこの奇妙な申し出を、面白がって受け入れました。

一行は池に到着し、マハーナーマは池の中に静かに入り、全身を水の中に沈めていきました。

王もその部下たちもただ見守っていました。二分三分と時間が過ぎていきました。五分六分、そして、さらに時間が経過しました。

ヴィドゥーダバ王はついに不安に耐えかね、「誰か、祖父の様子を見てこい!」と命じました。

部下の一人が池に飛び込みました。するとすでに息絶えているマハーナーマの姿を水底で発見しました。彼は身体が水上に浮かび上がらないように、水底の木の根に自身の髪を結びつけていたのです。

ヴィドゥーダバ王は、マハーナーマが取った自己犠牲に深く心を動かされ、これ以上の殺戮を中止しました。

ブッダはみずからの命を賭して一族を救おうとしたマハーナーマを称賛し、さらに「ヴィドゥーダバ王とその軍隊は七日後に深刻な災いに遭うだろう」と予言しました。 

その言葉の通り七日後、アチラヴァッティー河の乾いた砂地で野営していたヴィドゥーダバ王と軍隊は、突然発生した豪雨と暴流に飲み込まれ、全滅しました。

コメント