ブッダ伝(16)ブッダ最後の旅

仏教

重病を克服する:自灯明法灯明の教え

ブッダは35歳で悟りを開いた後、北インドを巡り、45年間にわたって教えを説き続けました。ブッダの信者は増え続け、多くの人が悟りを得ました。

ブッダが八十歳の雨季を竹林村で過ごしていた時、深刻な病に倒れました。死ぬほどの激痛に襲われながらも、ブッダは深い瞑想に入り、この苦しみを耐え忍びました。

従者のアーナンダは、ブッダの身体をマッサージしながらこう言いました。「尊い師よ、師がこのように衰弱されたのは初めてのことです。私は心配で身体が震え、途方に暮れました。

『師はまだ最後の教えを説いていない。このまま涅槃に入るはずがない』と自分に言い聞かせていました」

ブッダは返答しました。「アーナンダよ、これ以上私から何を望むのか。私はもう十分に真理の法を説いた。私に隠している奥義や秘伝は存在しない。

この肉体もすでに老い朽ち、古ぼけた車のように、あちらこちらが傷み壊れている。しかし、私が深い瞑想状態にある間は、身体に苦痛はまったく感じられないのだ。  

アーナンダよ、そなたらは自己を灯明としなければならない。自己をよりどころとして、他をよりどころとしてはならぬ。
そなたらは法を灯明としなければならない。法をよりどころとして、他をよりどころとしてはならぬ。

『肉体』と『感覚』と『心』と『心の対象物』を注意深く観察して、精進を怠らず、貪りと憂いを除きなさい」

ヴェーサーリーは美しい!

雨季が明けると、ブッダはアーナンダを連れてヴェーサーリーへ托鉢に出かけました。食事が済むと、チャーパーラ霊樹のもとに向かいました。そこでブッダは感嘆の声をあげました。

「アーナンダよ、ヴェーサーリーは美しい。ウデーナ霊樹、ゴータマカ霊樹、サッタンバ霊樹、バフプッタ霊樹、サーランダダ霊樹、そしてチャーパーラ霊樹、それぞれが美しい!」

ブッダは美醜に囚われることなく、純粋に美しいものを楽しむ境地にあったのです。

チャーパーラ霊樹の下で、ブッダは自らの寿命を保つ力を捨てました。その瞬間、大地震が発生し、人々は恐怖に襲われました。

ブッダは、近辺に住む比丘たちを講堂に招集しました。そして「比丘たちよ」と語りかけました。

「そなたたちは私が伝えた教えを、熱心に学び、修行し、実践し、伝えてほしい。それがすべての衆生の幸福のためになるのだ。

真理の教えの根本とは何か? それは『三十七菩提分法』ぼだいぶんぽうである。すなわち、四念処しねんじょ四正勤ししょうごん四神足しじんそく五根五力ごこんごりき七覚支しちかくし八聖道はっしょうどうの中にある。

比丘たちよ、あらゆるものは無常である。怠ることなく精進しなさい」。そしてブッダは「これから三か月後に、私は涅槃に到るであろう」と表明しました。

翌朝、ブッダは身なりをととのえ、托鉢の鉢と外衣をもって、ヴェーサーリーへ托鉢に行きました。そこを去る時、ブッダは峠の上からふり返り、巨象の王のような眼差しでヴェーサーリーを眺めました。

「アーナンダよ、ヴェーサーリーは本当に美しい。これが私のヴェーサーリーへの最後の眺めとなるだろう」とブッダは言い、それからまっすぐ前を向いて「さあ、バンダ村へ行こう」と言いました。

ブッダ最後の食事:鍛冶屋の息子チュンダの供養『スーカラ・マッタワ』

バンダ村で心のままに過ごした後、ブッダはハッティ村、アンバ村、ジャンブ村を経由して、ボーガ市に到着しました。アーナンダ僧院で休息を取り、法を説きました。その後、ブッダはパーヴァーへと旅を続け、鍛冶屋の息子チュンダが所有するマンゴー林にやってきました。

知らせを受けたチュンダは急いでブッダを迎えに行き、敬意を表して礼拝しました。ブッダは彼に説法を行い、励まし、喜びを与えました。チュンダは、ブッダと比丘たちを翌日の食事に招待しました。

翌日、チュンダは『スーカラ・マッダワ』という特別な料理を含む豪華な食事を用意しました。ブッダはチュンダに、スーカラ・マッダワは自分だけに、他の料理は比丘のために用意するように伝えました。

食後、ブッダはチュンダに告げました。「スーカラ・マッダワの残りを穴に埋めなさい。この料理は他の誰にも消化できないだろう」と。

その夜ブッダは出血を伴う激しい腹痛に見舞われました。ブッダは念正智をもってこの苦痛を耐え忍んでいました。翌朝、病気にもかかわらず、ブッダはクシナーラーへの最後の旅を続けました。

旅の途中で、ブッダは道を外れ、木の根元に座りました。そして「アーナンダよ、水を持ってきてくれ。私は喉が渇いている。私は飲みたいのだ」と言いました。

アーナンダは返答して、「師よ、いましがた牛車の一隊が川を渡り、水は泥で濁っています。ここから遠くない場所にカクッター川があります。あそこの水は澄んでおいしいです。どうかそこまでお待ち下さい」と提案しました。

しかしブッダが三度も水を求めたので、アーナンダは小川に行き、泥水をすくいました。すると驚くべきことに、水は澄んで清らかに変わりました。

ブッダはカクッター河に向かい、そこで最後の沐浴を行い、さらにもう少し水を飲みました。その後、近くのマンゴー林へ行き、右脇を下にして横になり、休息を取りました。

ブッダはアーナンダに次のように語りました。

「アーナンダよ、鍛冶屋の息子チュンダの家で食べた食事が、私の最後の食事となった。誰かが『ブッダに悪いものを食べさせた』と誤解して、チュンダを責めるかもしれない。だからチュンダに伝えてほしい。

『私の人生で最も価値ある二つの食事がある。それは悟りを開く直前の食事と、涅槃に入る直前の食事である。この最後の食事を提供したチュンダは、大いなる功徳を積んだのである』と」

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