【完全ガイド】コーヒー・お茶との正しい付き合い方(下)健康増進成分のカクテル

Shion's collection of essays

ポリフェノールとテアニン

コーヒーやお茶にはカフェイン以外にも、抗酸化物質など多種多様な健康増進成分が凝縮されています。近年、科学者によってその驚くべき効能が次々と解明されています。

これらの飲料は、まさに『健康増進成分のカクテル』と呼ぶにふさわしいことが示されています。その中で特に注目したい成分であるポリフェノールテアニンをご紹介します。

抗酸化物質:ポリフェノール

私たちの身体を守ってくれる成分の一つが抗酸化物質です。抗酸化とは、身体が酸化する、つまりびつくのを防ぐことです。老化や病気を引き起こす原因となるために、酸化を防ぐことが健康を保つ鍵となります。

酸化を引き起こすのが『活性酸素』です。紫外線やストレス、喫煙などで増えるこの物質は、私たちの細胞やDNAを傷つけ、様々な病気を引き起こします。抗酸化物質は、この活性酸素を撃退してくれる頼もしい存在なのです。

ビタミンCやビタミンE、ポリフェノールといった成分が抗酸化物質として知られています。近年の研究ではコーヒーやお茶に含まれるポリフェノールが以下のような健康効果をもたらすことがわかってきました。

  • 死亡率の低下
  • がんのリスクの軽減
  • 脳卒中のリスクの軽減
  • 心疾患のリスクの軽減
  • 認知症のリスクの軽減

それでは各飲料のポリフェノールの違いや特色を見てみましょう。

緑茶ポリフェノール:緑茶には、強力な抗酸化作用を持つ『カテキン』が豊富に含まれており、健康効果が際立っています。ダイエット効果も期待される飲料です。

紅茶ポリフェノール:紅茶は発酵過程で若干酸化されているため、抗酸化物質の量は緑茶より少ないものの、『テアフラビン』と『テアルビジン』などの成分を持っています。紅茶の研究はまだ進んでおらず、今後の解明に期待したいところです。

コーヒーポリフェノール:コーヒーに含まれる『クロロゲン酸』は、特に肝臓に有益で、脂肪肝や肝硬変、肝臓がんのリスクを軽減するとされています。また糖尿病予防にも優れています。

リラックス効果をもたらすテアニン

一方、私たちにリラックスをもたらす成分が『テアニン』です。これは、主にお茶の葉に含まれるアミノ酸です。テアニンには以下のような効果があります。

①リラックス効果
テアニンは脳内でアルファ波を増やし、心を落ち着かせる効果があります。これは、眠気を誘うものではなく、穏やかに集中した状態を作り出します。

②ストレス軽減
テアニンはストレスホルモンであるコルチゾールの分泌を抑え、日常のストレスを和らげるのに役立ちます。忙しい日常のなかでお茶の一杯が、心の平静を取り戻してくれるでしょう。

③睡眠の質向上
テアニンは、心をリラックスさせ睡眠の質を向上させることが報告されています。特に、寝つきが悪い場合や深い眠りに入りにくい場合に有効です。素晴らしいのは、テアニン自体には眠気を誘う直接的な作用はないため、昼間に摂取しても活動の邪魔をしないのです。

④カフェイン+テアニンの組み合わせ
テアニンとカフェインの組み合わせが特に注目されています。このコンビネーションは、集中力を高め、注意力を維持するのに効果的です。カフェインによる覚醒作用とテアニンのリラックス効果が相まって、心地よいバランスの取れた精神状態を生み出します。

それでは、コーヒー、紅茶、緑茶のリラックス効果を比較してみましょう。

コーヒー: カフェイン含有量が一番多く、覚醒効果が強いため、リラックスというよりは活力を与えてくれます。

紅茶: カフェイン量はコーヒーの約1/2。テアニンも含まれており、集中力を高めつつもリラックスが得られます。

緑茶: カフェイン量はコーヒーの約1/3。テアニンが豊富に含まれており、リラックス効果が最も高いとされています。

これらの成分を上手に摂取することで、健康を促進し、日々の生活に活力と癒しを与えてくれるでしょう。

最終章:コーヒーやお茶との正しい付き合い方とは

不飲酒の戒

ブッダ(お釈迦様)は在家信者や修行者に向けて『五戒』を授けました。これは日常生活で守るべき基本的ルールです。この五戒を守ることによって、苦しみや悪業を避け、心を清らかに保ち、他者との調和を保ちながら生きことができます。

五戒の内容:

  • 不殺生(生き物を殺さない)
  • 不偸盗(他人のものを盗まない)
  • 不邪淫(不道徳な性行為をしない)
  • 不妄語(嘘をつかない)
  • 不飲酒(飲酒しない)

五戒の一つである「不飲酒」は、飲酒を禁じる戒律です。広義にはアルコールだけでなく、ドラッグなどの中毒性のある物質を避けることを指します。これには以下の理由が挙げられます。

① 仏教やヨーガでは心をコントロールし、覚醒(解脱)することを目指していますが、飲酒はそれに逆行して心を酩酊させ、注意力や集中力を低下させます。深い瞑想状態に入り、日常生活においても正しい意識を保つために、飲酒は禁止されています。

② アルコールを摂取すると理性が鈍り、怒りや欲望などの煩悩が表れやすくなります。その結果、他の戒律を破るリスクも高まるため、飲酒を禁じています。

③ 仏教では煩悩から解放されることが重要なテーマです。アルコールは依存性があり、それに執着することで精神的な自由が損なわれます。

では、カフェインの扱いはどうか?

ブッダの時代にコーヒーやお茶は存在していませんでした。そのため、これらの嗜好品は仏教の戒律には含まれていませんが、現代ではカフェインに対しても向き合うことが求められています。

カフェインは、アルコールのように心を乱すものではなく、むしろ集中力を高める効果があります。ただし、過剰摂取によるリスクも存在するため、上手に付き合うことが求められています。

適度なカフェイン摂取は、日常生活でのパフォーマンスを高める助けになりますが、それが習慣となり依存に変わると心の自由が奪われてしまいます。それゆえ、仏教徒たちにとってもその見解は様々で、総括的には容認されているといったところでしょうか。

放棄の聖者ナーグ・マハーシャヤの例

実際、多くの修行者たちは眠気防止のためにカフェインの効能を活用してきました。また、臨済宗の開祖、栄西のようにお茶の持つ薬効や健康増進効果に着目し、積極的に喫茶を推奨した僧侶もいます。

修行において、何事においても執着しないことが重要視されています。その例として、ラーマクリシュナの弟子、ナーグ・マハーシャヤがいます。彼は食事を極限まで制限し、物質的な欲望から解放される道を追求しました。彼にとって、食事は肉体を維持するためにやむを得ず行うものに過ぎず、決して楽しむものではありませんでした。

彼は食事を一日の終わりにほんの少し摂るだけでした。彼は物思わしげに「この肉体があるうちは、税金は払わなければならない(食事しなければならないという意味)」とぼやいていました。

味覚の欲望をコントロールするために、塩や砂糖で味付けすることを止めました。

ナーグはこう言いました。「もし私が昼夜食事のことばかり考えるなら、いつ私は神を思うことができようか。いつ礼拝することができようか。常に食事を考えることは、人に一種の狂気を作り出すのである」

ナーグはお菓子なども一切食べませんでした。プラサード(神に捧げられたお供物のお下がり)以外は、決して甘いものに触れようとしなかったのです。

ナーグは家の一部を米商人に貸していました。そのため家には米ぬかが大量にありました。あるときナーグは、自分は米ぬかだけを食べて暮らすべきだと考えました。

彼はこう自問自答しました。「美味しい料理がどうして必要であろうか? 私の肉体と精神をどうにか保つためには、米ぬかだけで十分である」

こうしてナーグは米ぬかを食べて暮らし始めたのです。(もっとも後日、これを知った米商人が敬愛するナーグを心配して、すべての米ぬかを隠してしまいました)。このようにナーグは食への欲望を徹底的に排除した生活を送りました。もし彼の時代にコーヒーやお茶が広く普及していたとしても、ナーグはそれらを断っていたことでしょう。

デカフェという選択肢

眠気の解消と集中力向上のために素晴らしい力を発揮するカフェインですが、それは、睡眠物質アデノシンが脳の受容体へ結合するのをブロックしてしまうという、いささか乱暴なメカニズムではあります。摂取量が適切ならば問題ないとされていますが、それを超えるとイライラや睡眠障害などを引き起こすリスクがあります。

また、人類の10%程はカフェインの感受性が高く、少量の摂取だけでも心拍数が増加したり、不眠になったりすることもあります。さらに、子供や妊婦、授乳中の方など、カフェインを避けたほうが良い場合もあります。

そういった方々にオススメできるのはデカフェです。現在、カフェインを取り除いたコーヒーやお茶が市場に出回っています。デカフェならばカフェインのリスクを気にせず喫茶を楽しめ、また多くの抗酸化物質を摂取できるので健康増進効果も期待できます。

「もし明日、世界からコーヒーがなくなったら?」

私自身もナーグのような放棄の生き様には憧れを感じます。例えば今回のテーマであるコーヒーやお茶を嗜好品と見なし、一切口にしないという生き方です。

しかし、現代社会においてこれらを完全に断つのは容易ではありません。多くの社交の場でコーヒーやお茶が提供されますから。

そこでまず第一に、在家の修行者には精神的な放棄があれば問題ないかと思います。私自身も自分によく言い聞かせています。「もし明日、世界からコーヒーがなくなったら、私は平気だろうか?」コーヒーがなくなっても平静でいられる心の状態こそが、摂取するか否かよりも重要なのです。

聖者ヨガナンダの言葉に次のようなものがあります。

朝のコーヒーが飲めなかったからといって腹を立てたり頭が痛くなったりする人は、習慣の奴隷になっている人です。どんな習慣にも束縛されないのがヨーギーです

コーヒーやお茶の香りや味わいを、その一瞬に楽しむことは素晴らしいことです。しかし、心がそれに執着しないように、常に心の自由を保つことが、私たちがコーヒーやお茶と正しく付き合うための秘訣なのです。

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