マヘンドラナート・グプタ(M)の生涯(8)母なる神と語らう至福の聖者M

Ramakrishna world

『あるヨギの自叙伝』の著者ヨガナンダの懇願

ヨガナンダ(1893~1952)は少年時代、毎日夕刻になるとMの元に足を運んでいました。Mとの交流が、彼の名著『あるヨギの自叙伝』の『宇宙の母と語らう至福の聖者』の章に書き記されています。

ある日のことです。「さあ、そこにお座り。わたしは今、母なる神とお話をしていたところだ」とMはヨガナンダを招きました。部屋に入ったヨガナンダは、言葉もなくMを見つめました。

Mの天使のような表情は、ヨガナンダの目にまばゆく見えました。Mの何気ない挨拶の言葉は、ヨガナンダに衝撃を与えました。 

最大の悲しみであった母との死別以来、ヨガナンダはついに母なる神まで見失い、苦悶の日々を送っていたのです。Mこそ唯一の救いと、その足に取りすがりました。

「聖なる先生、どうかわたしを母なる神に取りなしてください! もう一度母なる神のお顔を仰げるようお願いしてください!」Mはしばらく黙ったまま何も答えませんでした。

しかしヨガナンダは、Mがそのとき母なる神と密かに会話を交えていることが、ハッキリとうかがえました。ヨガナンダは、Mの穏やかな叱責にもかかわらず、その足を握りしめては何度も何度も取りなしを懇願しました。

「では、愛するお方に取りなしてあげよう」Mはついに慈愛に満ちた微笑を浮かべてこう答えました。「先生、どうかそのお約束を忘れないでください。母なる神のお言づてをうかがいにまいりますから」

母なる神、現わる

ヨガナンダは家に帰ると、屋根裏の小部屋に籠もって瞑想に入りました。夜の10時を回った頃、暑いインドの夜の闇の中に突然輝かしいヴィジョンが現われました。

光の輪に包まれてヨガナンダの前に立ったのは、紛れもない母なる神でした。優しい微笑みを浮かべたその御顔は、まさに美そのものでした。

「わたしはいつもおまえを見守ってきました。これからもいつも見守っています」天来の声は美しい響きを残して、ヴィジョンとともに消えていきました。

翌朝、ヨガナンダはまだ日が昇らないうちにMを訪ねました。「先生、昨日の返事をうかがいにまいりました。母なる神は何かおっしゃっていましたか?」

「わたしを試すつもりかね?」Mの静かに澄んだ眼はすべてを見通していました。「おまえが昨夜10時、美しい母なる神ご自身から受けた保証に対して、今更わたしが何を付け足す必要があろう」

ヨガナンダは、またもや彼の足下にひれ伏しました。止めどもない涙があふれていました。それはもう今までの悲しみの涙ではありませんでした。

おまえは自分の祈りが、あの無限に慈愛深いお方の御心に届かないと思っていたのかね?おまえがこの世の母に、また、天の母に慕い求めてきた神の母性が、どうしておまえの切ない叫びに答えずにいられよう」Mは優しく諭しました。

『秘められたインド』の著者ポール・プラントン、Mに出会う

イギリス人ジャーナリストであるポール・プラントンは、インドの聖者をめぐる旅を著書『秘められたインド』として発表しました。彼はラーマクリシュナの残り少ない直弟子の一人が、カルカッタに住んでいると聞き訪ねています。

ポール・ブラントンは通りに接する広い中庭を通り抜けると、古い家の中に入る急な階段の下に達しました。暗い階段を上り、最上階に達すると低い入り口があって中に入りました。

そこは、家の屋上のテラスに面して開かれている小さな部屋でした。二方の壁際には低い長椅子が並んでおり、ランプと、少しばかりの本と印刷物の積み重ねの他には、何もありませんでした。

十分ほど経過しました。彼は、誰かが階下の一室を出て階段の方にやって来る音を聞きました。直ちに、頭の中にうずうずするような感じが起こりました。「階下にいるあの人がわたしに心を集中しているのだ」という思いが彼の心をとらえました。

ついにその人が部屋に入ってきたとき、ポール・ブラントンは「彼の名を告げる人など必要はない」と感じました。まるでバイブルのページの中から歩み出した神々しい長老のようでした。

頭がはげ、白く長いあごひげを蓄え、重々しい容貌と思慮深い眼を持つ人、八十年近い生活の重荷によって少しばかり背中が曲がっている人、この人がMでした。

M、ラーマクリシュナについて語る

Mは長椅子に腰をかけ、それから彼の方に顔を向けました。神への完全な信仰と行いの高貴さが調和したMの人格は、見る者すべての眼に明らかでした。Mは正確なアクセントの英語で彼に挨拶しました。

「あなたの師のラーマクリシュナのことを何か話してくださいませんか?」とポール・プラントンが尋ねると、Mは微笑んで答えました。

「ああ、あなたはわたしが何よりも愛している話題をおとり上げになった。彼が我々のもとを去ってから半世紀近くになります。しかし彼の神聖な記憶は決してわたしから離れません。それはわたしの心の中で常に新鮮であり、芳香を放ち続けています。

彼に出会ったのはわたしが27歳のときでして、それから彼の生涯の最後の五年間、わたしは絶えず彼に接していました。その結果、わたしは違った人間になったのです。

人生に対するわたしの態度は全く反対になりました。この神人ラーマクリシュナの不思議な影響力はこのようなものだったのです。

彼は、やってくるすべての人に聖なる魔法をかけました。文字通り彼らを魅惑し、夢中にさせました。嘲弄ちょうろうするのが目的でやってきた唯物論者たちさえ、彼の前では黙ってしまうのでした」

最重要なのは祈りと聖者との交流

Mという人格にポール・ブラントンは魅了されました。彼はさらに自分自身を念頭に質問しました。

「信仰だけでは生きられない男、理性や知性も満足させたい男に、ラーマクリシュナはなんとおっしゃるのでしょうか?」

M「彼はその人に、祈れ、と言うでしょう。祈りは巨大な力です」

ポール・ブラントン「その人がかつて祈ったことがなければ、どうなりますか?」

M「祈りは最後のよりどころです。人間に残された最後の手段なのです。祈りは、知性の及ばないところで人を助けます」

彼は粘り強く質問しました。「しかしもし誰かが、祈りは自分に合わないと言ったら、あなたはどんな助言を与えますか?」

Mは答えました。「そのときは彼を聖者とたくさん交流させるのが良いでしょう。聖者との不断の接触が、彼の霊性を高めます。聖者は我々の心と意志を、神聖なる対象に向けさせるのです。

ですから、聖者との交わりは非常に重要です。それは、師ラーマクリシュナ自らもよく言っていたように、最後の階段でもあるのです」

この宵の間にも様々な人がやってきて、やがてこの場所は信者たちでいっぱいになりました。彼らは夜ごとにここに来て、Mの口からもれる言葉に耳を傾けるために、この四階建ての家の階段を上るのでした。

ポール・ブラントンもしばらくの間、仲間入りをしました。彼は毎晩やってきました。Mの敬虔な言葉を聞く以上に、Mの存在という太陽の光を浴びて暖まるために。 

ついに別れの日が来ました。満月でした。Mは月を指さし、少しの間、無言の祈りに入りました。ポール・ブラントンはⅯのそばで、終わるまでじっと待っていました。Mは祝福に手を挙げ、軽く彼の頭を触りました。

わたしの仕事はおおかた終わりました。この肉体は、それをするために神がここにお遣わしになったその仕事を、ほとんどなし終わったのです。わたしがこの世を去る前に、わたしの祝福を受けてください」とMは言いました。

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