最高の睡眠法(2)~聖者の寝姿とは

Shion's collection of essays

『五欲』と『五蓋(ごがい)』

惰眠だみんを貪るなかれ」とブッダは説きました。また、仏教において睡眠は煩悩として『五欲(五つの基本的な煩悩)』や『五蓋ごがい』の双方に含まれています。

五欲とは以下の五つです。

  • 財欲(ざいよく)~お金や物質的な豊かさを求める欲望
  • 色欲(しきよく)~性欲や感覚的な快楽を求める欲望
  • 飲食欲(いんじきよく)~飲食物を求める欲望、過食や飲酒も含まれます
  • 名誉欲(めいよよく)~他人から認められたい欲求、名声や地位を求める欲望
  • 睡眠欲(すいみんよく)~眠ることや快適な休息を求める欲望、怠け心も含まれます

五蓋とは、修行や瞑想を妨げる五つの障害です。

  • 貪欲(とんよく)~むさぼりの心
  • 瞋恚(しんい)~怒りや恨みの心
  • 掉舉(じょうこ)~心の落ち着きのなさ、興奮
  • 昏沈(こんちん)・睡眠~心の落ち込みと無気力、怠惰、眠気
  • (ぎ)~仏教の教えや修行への疑念、自己不信

このように、睡眠は克服すべき代表的な煩悩として、『五欲』と『五蓋』のそれぞれに共通して挙げられています。

ブッダの寝姿

なぜブッダは右脇を下にして横になったのか?


さて、今回のテーマは『聖者の寝姿』です。仏教やヨーガにおいて、寝姿は非常に重要視されます。つまり、どのような姿勢で寝ると良いのか?ということです。

ブッダは臨終の日にクシナガラの沙羅さらの林に到着すると、弟子のアーナンダに次のように言いました。

「アーナンダよ、沙羅樹の間に、頭を北に向けて寝床を用意してくれ。私は疲れた。横になりたい。」

寝床が用意されると、ブッダは右脇を下にして、右足の上に左足を重ね、集中した意識を保ちながら横たわりました。そしてこの寝姿のまま、弟子たちに最後の教えを説き、大般涅槃だいはつねはん(マハーニルヴァーナ)に入ったのです。

このブッダの寝姿は『獅子王の臥法』、もしくは『吉祥臥きっしょうが』とも呼ばれ、様々な仏典で最高の寝姿として推奨されています。それではなぜ、右脇を下にした寝姿が良いのでしょうか?

ブッダの寝姿の科学的メリット

ブッダの寝姿には、いくつかの健康面のメリットがあります。

  1. 消化の促進
    胃は人間の体の左側に位置しているため、右側を下にして寝ることで、胃の内容物が自然に胃から小腸へ流れやすくなり、消化が促進されます。
  2. 心臓への負担軽減
    心臓は左側に位置しているため、右脇を下にすると、心臓への圧力が軽減され、血液循環がスムーズになります。
  3. いびきや無呼吸の予防
    仰向けで寝ると、重力によって舌や喉が後ろに落ち込み、気道を塞ぎやすくなります。横向きの寝方は、これを防ぎ、いびきや無呼吸症候群のリスクを軽減することができます。

ブッダの寝姿のヨーガ的メリット

ヨーガの生理学では、人体には72,000本のナーディ(気道)が存在し、プラーナ(生命エネルギー)の通り道となっているとします。これらのナーディは、大別して身体の左右に分けられます。

●左のナーディは副交感神経と関係します。
●右のナーディは交感神経と関係します。

そして、
●左側を下にすると、重力により左のナーディにエネルギーが集まり、リラックス・モードになります。
●右側を下にすると、重力により右のナーディにエネルギーがアクティブ・モードになります。

一見すると、睡眠時には左側を下にして副交感神経を刺激し、リラックス・モードにすると良さそうです。しかし実際には右脇下が推奨されています。これは一体どういうことでしょうか?

仏教では睡眠自体が、私たちの心を無気力や怠惰、愚鈍な状態にしやすいと考えています。さらに左を下にすると、これらの要素が強まってしまいます。睡眠欲が増し、睡眠時間が延びてしまうリスクがあります。つまり、左側を下にすると惰眠に陥りやすくなるのです。

本来、無気力や怠惰に偏りやすい睡眠時に、あえて右のナーディにエネルギーを集めることで心身を活性化させ、バランスを取ろうとしています。これにより、ある程度鮮明な意識を保ちながら眠りにつき、睡眠時間が増えず、惰眠を貪らないことを狙っているのです。

神(天人)の寝姿~仰向け寝

現代人にもオススメしたい仰向け寝

しかし、現代人は昼夜問わず多種多様な刺激に囲まれ、交感神経に偏ったライフスタイルになりがちです。そのような中で右のナーディにエネルギーを集中させると、交感神経が興奮してしまい、寝付きが悪くなるかもしれません。その場合は、仰向けの寝姿を取ると良いでしょう。

仰向けは最もリラックスできる寝姿と言えます。これは『神(天人)の寝姿』とも表現されています。ハタ・ヨーガにおいても『シャヴァ・アーサナ(屍のポーズ)』という仰向け寝のポーズが重要視されています。

背を下にし、屍体のごとく大地に横たわる。それがシャヴァ・アーサナである。シャヴァ・アーサナは疲労を取り除き、心の働きを休ませる効果がある。

と聖典『ハタ・ヨーガ・プラディピカー』には説かれています。

解説『シャヴァ・アーサナ』

シャヴァ・アーサナについて深堀りしましょう。このアーサナは通常、他のアーサナに取り組んだ最後に実施します。シャヴァ・アーサナの実践方法は

  1. 仰向けに寝る
  2. 足先から脚の付け根まで順に意識を向けて緊張を解く
  3. 手の指先から肩まで順に緊張を解く
  4. 同様に背中、腹、胸、首、頭、顔と全身をくまなく緩めていく

です。こうして、死後硬直が始まる前の屍のように、完全に弛緩した状態に導きます。すると身体と連動して、心も弛緩します。心身ともに完全にリラックスしたとき、快楽と至福に包まれるようになります。

しかし、仰向けになるだけの一見簡単に見えるこのポーズで、完全なリラックス状態になるのは容易ではありません。いくら脱力したつもりでも、どこかに緊張は残るものです。

それゆえに、日々他のアーサナに取り組み、緊張と弛緩を繰り返してから最後にシャヴァ・アーサナを実践します。これらの積み重ねによってこのアーサナも上達していきます。

以上がシャヴァ・アーサナの解説でしたが、普段の就寝時にも同様に仰向けの寝姿でリラックス状態に導くと、入眠がスムーズとなるでしょう。

餓鬼の寝姿~うつ伏せ寝


さて、それでは、うつぶせ寝(腹臥位)はどうでしょうか? 実はうつぶせ寝は『餓鬼の寝姿』とされています。餓鬼とは貪りの心で苦しむ幽霊のことで、餓鬼界の住人を指します。

なぜ餓鬼なのでしょうか? それはうつぶせになることで、重力によりエネルギーがお腹のマニプーラ・チャクラに集中してしまうからかもしれません。このチャクラは、餓鬼の世界や霊の世界とつながっているとされています。

うつぶせ寝は一般的にも推奨されていません。以下は、科学的な理由です。

1.呼吸の制限 うつぶせ寝をすると、胸や腹部への圧力が大きくなり、呼吸が浅くなる可能性があります。また、顔を枕に押しつけた状態で寝ることが多く、空気の取り込みが制限されます。

2.首や脊椎への負担 うつぶせ寝では、頭を左右どちらかに大きく回す必要があり、首や背中に負担がかかり、痛みやコリを引き起こす原因となります。

3.消化不良のリスク うつぶせ寝は腹部が圧迫されるため、消化器官が適切に機能しにくくなります。

4.圧力による皮膚への悪影響 うつぶせ寝では、顔の片側が枕や寝具に長時間接触することが多く、その結果、肌に負担がかかり、シワや吹き出物の原因になることがあります。

以上の理由から、うつぶせ寝は健康面でも推奨されていないのです。

『北枕』と『頭陀行』

ブッダは亡くなる際、頭を北に向けて横たわりました。この話が日本に伝わり、『北枕』はブッダが亡くなったときの方角であるから凶兆とされ、忌み嫌う風習が生まれました。

しかし、他の仏教圏ではブッダが北を向いて大般涅槃に入ったことを吉兆と見なし、むしろ北枕を推奨しています。科学的には、地球の南北に走る磁場との関連も考えられますが、あまり気にしすぎる必要はないでしょう。

また、仏弟子サーリプッタには興味深いエピソードがあります。彼は、自分をブッダと結びつけてくれたアッサジへの恩を忘れず、アッサジがどこに住んでいようと、彼の方角には一度も足を向けて寝なかったと伝えられています。

このため、仏像や師匠の方に足を向けて寝ないという習慣を守っている仏教徒もいます。日本のヨーガ教室でも最後にシャヴァ・アーサナを取る際に、先生に足を向けるのは失礼に当たるとして、自発的にそれを避けて横になる生徒の姿が見かけられます。

また、仏弟子の中でも『頭陀ずだ第一』と称えられたマハーカッサパなどは、座ったまま眠るという厳しい修行を実践していました。頭陀行とは、煩悩を取り除くために、衣食住の快適さを徹底的に捨てる修行法です。

寝る場所も森林や樹の下、墓地などの人里離れた場所で、横になることなく、座ったままで眠るという非常に厳しい修行です。現代では、快適な寝具が重視されがちですが、頭陀行ではその真逆を行くのです。

まとめ

これまでをまとめてみましょう。以下のポイントを押さえると良いです。

最も良い寝姿(ブッダの寝姿)
右脇を下にする姿勢はブッダが好んでいた寝姿で、右の交感神経系を刺激して、鮮明な意識を保ちながら眠ることを狙っています。消化器系や心臓への負担が軽減されるなど、健康面でもメリットがあります。

次に良い姿勢(神の寝姿)
仰向けの寝姿。ハタ・ヨーガで言う『シャヴァ・アーサナ』の姿勢は、リラックス効果が高く、現代人にとっても寝付きやすくなる姿勢です。

避けるべき寝姿左脇を下にする寝姿)
無気力や怠惰、睡眠欲を増幅させる可能性があるため、避ける方がよいでしょう。

避けるべき寝姿(餓鬼の寝姿)
うつぶせ寝。貪りの心が増すと言われています。呼吸制限、首や脊椎への負担、消化不良、皮膚への圧力など、健康リスクもあります。

頭陀行(座って寝る方法)
座ったままで眠る『頭陀行』があります。これは快適さを放棄した厳しい修行法ですが、精神的な鍛錬を目指す人には有効かもしれません。

私自身は寝入りは右脇を下にして眠り、睡眠中は寝返りを打つ形で右脇下と仰向け寝を自然な形で繰り返しています。みなさんもぜひ自分に合った寝姿を見つけていただければと思います。

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