クシナガラの沙羅双樹にて
休息を取った後、ブッダはヒランニャワティー川を渡り、クシナガラ近郊のマッラ族の沙羅の林に到着しました。ここがブッダの大般涅槃(ブッダの死の意)の地になりました。パーヴァーからクシナガラまでの道のりでは、ブッダは衰弱のために25回もの休息を必要としました。
ブッダは言いました。「アーナンダよ、沙羅樹の間に、頭を北に向けて寝床を用意してくれ。私は疲れた。横になりたい」と言いました。寝床が用意されると、ブッダは右脇を下にして、右足の上に左足を重ね、集中した意識を保ちながら身を横たえました。
その時、沙羅双樹は、季節外れにも関わらず赤い花を満開にさせ、その花々はブッダの上に降り注ぎました。天からはマンダーラヴァの花が虚空から降り注ぎ、良い香りの粉末が降り注ぎ、天の楽器と合掌の音がブッダを供養するために奏でられました。
侍者アーナンダを慰め、称賛する
アーナンダは木陰で涙を流していました。「ああ、私はまだ悟りを得ていないのに、師はこの世を去ろうとしている。これほど私を慈しみ導いてくださった師が…」と悲しみに暮れていました。
ブッダはアーナンダを呼び寄せ、「悲しむことはない。全てのものは無常である。生があれば死がある。私は前から説いているではないか。愛するものとの別れは必ず来る。滅びるものが、永遠に存在するはずがない。
アーナンダよ、そなたは長年にわたり私に忠実に仕え、私に尽くしてくれた。そなたの功徳は計り知れない。精進を続けなさい。そうすれば久しからずして煩悩から解放され、解脱を得るであろう」
それからブッダは他の比丘たちに話しかけました。
「アーナンダほど立派に侍者を務めた者はいない。アーナンダの前の侍者たちは私の衣や托鉢椀を地面に落とすことがあったが、アーナンダにはそういったことは一度もなかった。
アーナンダは常に私の心を察し、私が何も言わなくても、私が望むことを行ってくれた。人々が私に会いたいと望む時も、アーナンダは巧みに時間と場所を調整してくれた。
比丘や比丘尼たちも、在家の信者たちも同じように、アーナンダの姿を見て喜び、彼の親切な言葉に喜び、彼の説法を聞いて飽きることがなかった。アーナンダはまさに敬虔なる侍者であり、素晴らしい徳の持ち主である」
満月の夜でした。月光はくまなくあたりを照らし出しました。ブッダはアーナンダにクシナガラの町に行き、マッラ族の人々に今夜ブッダが涅槃に入ることを伝えるように指示しました。その知らせを受けて、マッラ族の人々は、悲嘆しながら次々と沙羅の林に集まり、ブッダに最後の礼拝を捧げました。
遍歴行者スバッダ:ブッダの最後の直弟子
深夜近くになって遍歴行者のスバッダが息を切らして駆けつけ、ブッダに面会を申し出ました。アーナンダはブッダの疲労を考慮し、「師は非常に疲れておりますので、今は面会をご遠慮いただきたい」と丁重に断りました。しかしスバッダはあきらめず三度にわたって懇願しました。
ブッダはこの会話を耳にし、スダッダの願いを受け入れると伝言しました。スバッダは喜び勇んでブッダの前に進み出て礼拝し、質問を投げかけました。
「この世に宗教教団の創始者として誉れ高く、多くの人びとに聖者として尊敬されている六師がいます。それは、
プーラナ・カッサパ、マッカリ・ゴーサーラ、アジタ・ケーサカンバラ、パクダ・カッチャーヤナ、サンジャヤ・べーラティプッタ、ニガンタ・ナータプッタです。
彼らは自ら真理を悟ったと称していますが、本当にそうなのでしょうか?」
「スバッダよ、誰が真理を悟ったかなど、そんなことはどうでもいいのだ。私はそなた自身が真理を悟る道を説こう。心して聴きなさい」
「かしこまりました、尊い師よ」と、スバッダは応答しました。この間に、近隣にいた比丘たちも次々と集まっていました。彼らは「いよいよ最後の説法が始まる」と一心に耳を傾けていました。
「スバッダよ、我が教えに八正道あり。八正道がなければ、悟りの四段階である預流果、一来果、不還果、阿羅漢果はない。これらがなければ、解脱は不可能だ。八正道、すなわち、正しい見解、正しい思惟、正しい言葉、正しい行い、正しい生活、正しい努力、正しい念、正しいサマーディを実践すれば、世界は解脱者たちを欠くことがないだろう」
ブッダは疲れ果てているはずの肉体を毅然とさせて、八正道、四諦についてよどみなく説き明かしました。スバッダの心はひらかれ、歓喜に満たされました。
スバッダはその場で出家を受け入れられ、そのまま瞑想に入り、たちまち解脱の境地に到達しました。こうしてスバッダはブッダの最後の直弟子となったのです。
ブッダ最後の言葉
それから、ブッダは500人近い比丘たちに向かって、次のように語りました。
「比丘たちよ、ブッダについて、法について、僧団について、あるいは実践について、疑問や不確かさがある者は、いまこの場で質問しなさい。あとで悔いを残してはならぬ」
ブッダはこの言葉を三度繰り返しましたが、比丘たちは沈黙を守っていました。アーナンダが比丘たちの心情を察して、こう述べました。
「師よ、すばらしいことです! この中には三宝や教えに疑問を持つ者は一人もいないのです」
これを受けてブッダは、静かに比丘たちを見渡し、最後の言葉を述べました。
「比丘たちよ、そなたたちに告げよう。諸行は滅びゆくものである。たゆまずに努め励みなさい」
大般涅槃:マハーニルヴァーナ
それからブッダは目を閉じて第一禅定に入り、次に第二禅定、第三禅定、第四禅定へと進みました。そして空無辺処定、識無辺処定、無所有処定、非想非非想処定、滅受想定に達しました。
次にブッダは、滅受想定から戻り、非想非非想処定に入り、無所有処定、識無辺処定、空無辺処定、第四禅定、第三禅定、第二禅定、第一禅定と降りてきました。
再び第二禅定、第三禅定、第四禅定へと進み、最終的に完全な涅槃に入りました。
その瞬間、大地は大きく揺れました。
第一結集とアーナンダの悟り
ブッダが亡くなられた後、すでに悟りを得ていた高弟たちは、念正智をもってその悲しみを乗り越えましたが、まだ悟りに至っていない弟子たちは、深い悲しみの中で地面に転がり嘆き悲しんでいました。
その際に、こんなことを言う新参の弟子がいました。
「友よ、悲しむことはない。我々はブッダによって、『こんなことをしてはならない。あんなことをしなさい』と束縛されてきたが、もう我々は自由である。これからは好きなように生きようではないか」
この発言を聞いた高弟たちは、仏教教団の未来を憂慮し、ブッダの教えと戒律とを正しくまとめるための集会(第一結集)を開きました。マガダ国王アジャータサットゥがこの集会を全面的に支援し、500人の阿羅漢(解脱者)が集まりました。
アーナンダはブッダの弟子の中で最も教えを聞き、天才的な記憶力で教えを保持していたので『多聞第一』と称されていました。そのため彼の結集への参加が他の誰よりも望まれました。しかし、結集への参加は阿羅漢であることが条件だったので、アーナンダの参加は当初認められませんでした。
この状況を受けて、アーナンダは熱誠を込めて瞑想修行を続け、結集当日の朝に疲れから寝具に倒れ込んだ瞬間に悟り、阿羅漢になったのです。
マハーカッサパが議長を務め、『天眼第一』のアヌルッダがその脇に坐りサポートしました。『持戒第一』のウパーリが戒律を説き、アーナンダが教えを担当した後、500人の弟子たち全員の合意により、正式なブッダの戒律と教えが採用され、まとめられていきました。
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