【天眼第一】アヌルッダ(阿那律)の物語(上)

仏教

王子から出家僧へ:アヌルッダの決断

アヌルッダ(阿那律あなりつ)は、釈迦国の王家に生まれました。彼はブッダやアーナンダ、デーヴァダッタと従兄弟の関係にあり、黄金色の肌を持つ、見目麗しい人物でした。幼い頃から多岐にわたる英才教育を受け、その聡明さと俊敏さで周囲を驚かせていました。

彼は季節に応じて、冬は温かな宮殿、夏は涼しい宮殿、春は花が満開の宮殿に住み、最高の楽士や踊り子たちが夜な夜な催す楽しい宴に興じていました。何不自由ない生活の中で、アヌルッダは幸福を満喫しているように見えました。

そんな最中、ブッダが故郷カピラヴァストゥに帰還し、釈迦族の人々に教えを説き広めました。多くの人々がブッダに帰依し、出家する者たちが続出しました。アヌルッダも生老病死の苦しみを深く認識し出家への思いを強めていきました。

アヌルッダの兄マハーナーマも出家したかったのですが、家系を途絶えさせないことを考え、弟に自分の願いを託す決断をしました。

しかしアヌルッダの出家に母親は猛反対しました。「マハーナーマもアヌルッダも私にとって大切な子供です。どちらも失うわけにはいきません」

アヌルッダは仏道の修行がいかに家族や社会に平安をもたらすかを、母に熱心に説明しました。しかしどちらも譲らず、最終的に母は一つの条件を提示しました。「あなたの親友バッディヤも出家するならば、あなたの出家を許しましょう」

バッディヤは釈迦国の大臣であり、責任感のある高潔な人柄で知られていました。軍を指揮下に置いていて、彼自身の館は昼夜を問わず衛兵に守られていました。官邸には高官たちが引きも切らずに行き来していました。

バッディヤもいずれは出家したいと思っていましたが、いまは権力や名誉に未練を残していました。彼は親友アヌルッダの訴えを聴いて「どうかあと七年間待ってほしい」と答えました。しかしアヌルッダは「七年は長過ぎる。人はいつ死ぬかわからない。それにその間に心変わりしたらどうする」と主張しました。

「それでは三年でどうだ」

「どうしてすべてを捨てて比丘になるのにそんなに時間がかかるのだ。三年でも、一年でも、半年でも長すぎる」

結局、七日後に出家することになり、アヌルッダとバッディヤは王族の友人たち、バグ、キンビラ、デーヴァダッタ、アーナンダと共にカピラ城を後にしました。彼らは国境近くで宝石や飾り物を手放し、そこに偶然いた床屋の若者ウパーリに与えました。そのウパーリもまた出家を決意し、宝石を放りだして彼らの後を追いました。

翌日、彼らはブッダに出家を願い出ました。ブッダはまずウパーリに最初に授戒しました。ブッダは、王族の若者たちに出家の序列に従い、先に出家した者を兄弟子として敬うように指示しました。これにより、彼らは奴隷階級出身のウパーリを礼拝しました。ブッダは「傲慢さや差別意識をよくぞ打ち破った」と彼らの行為を称えました。

「ああ、幸せ!」安らぎと喜びを見つけたバッディヤ

その年の雨期、ウパーリとバッディヤは悟りの境地に至りました。バッディヤは一人で静かな森の中に坐し、喜びに満ち溢れた声で「ああ、幸せ! ああ、幸せ!」と繰り返し唱えていました。翌朝、近くで修行していた比丘が、ブッダにこの様子を伝えました。

「尊者バッディヤが、昔の王族としての豊かな生活を思い出しているのか、森の中で『ああ、幸せ!』と叫んでいました」

昼の説法が終わると、ブッダはバッディヤに直接尋ねました。

「バッディヤよ、そなたは昨夜、森の中で『ああ、幸せ!』と声を大にしていたのか?」

「はい、その通りです」

「なぜそう叫んだのか?」

「私はかつて大臣として権力と富を誇り、いつも四人の衛兵に守られていました。私の邸宅には武装した兵士が昼夜を問わず護衛していました。しかし、私はいつも不安と恐れの渦中にありました。

しかし、いまはこの静かな森の中で一人で歩き瞑想することができます。すべての不安や恐れが消え去りました。私は言葉にできない安らぎと喜びに包まれています。もはや失うものは何もありません。

昨夜、その安らぎが心に鮮明に現れ、大いなる喜びとともに『ああ、幸せ! ああ、幸せ!』と自然と声が漏れたのです」

ブッダはバッディヤの言葉に感動し、集まった比丘たちの前で彼を称賛しました。

「バッディヤよ、素晴らしいことだ。お前が得た安らぎと喜びは、神々さえも羨むものである」

アヌルッダの悟り:ブッダの訪問と八大人覚

同じ雨期のある朝、アヌルッダはチューディ国の緑豊かな森の中で、一心不乱に修行に打ち込んでいました。彼は瞑想の静寂の中で、彼は仏教の教えの核心に思いを馳せていました。

一、欲望を捨て、

二、満足を知ること。

三、世間から離れるからこそ、仏道は見いだされる。

四、常に精進し、

五、正しい教えに心を寄せ、

六、瞑想を通じて心を静めるべし。

七、そして解脱への智慧を掴み、

八、無分別の真実の世界を直観するのだ

この時、遥か彼方にいたブッダはアヌルッダの心の動きを感じ取り、神通力を使ってその場に現れました。その姿は、ただ心の働きから生まれたもので、非常に神秘的でした。

ブッダは穏やかに語りかけました。「アヌルッダよ、お前が今、深く思索している八つの修行を通じて、道を究め悟りに至るのだ。糞掃衣を纏い、托鉢で食を得、樹下に住み、草の上で瞑想することを生活の中心にすれば、どこにいても平安を得るだろう。お前はこの世で真の智慧を得て、悟りを開くことができる

このブッダの教え『八大人覚はちだいじんかく(大いなる人の八つの覚醒の教え)』に導かれ、アヌルッダは一切を捨て去り、禅定の深い寂静の中で、真理の法を楽しみました。そこには、究極の解放が彼を待っていました。

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