【アドヴァイタ・ヴェーダーンタを体験する】
ドッキネッショル訪問を重ねるたびに、ラーマクリシュナへの深い敬愛の気持ちが増していきました。しかし、ナレンドラの態度は他の弟子や信者たちとはまったく違っていました。ラーマクリシュナの言うこと、なすことを納得の行くまで徹底的に批判して、問い詰めたのです。
「女神の石像などを拝んで、いったい何の効能があるのですか?」「あなたは神を見たとか、神と話したとか言いますが、それが幻覚ではないとどうしてわかるのですか?」
あるときラーマクリシュナは、ナレンドラに言いました。「おまえはわたしの母であるカーリーを信じないのに、どうしてここにやって来るのかね?」
ナレンドラは答えました。「わたしがあなたに会いに来るからといって、カーリー女神を信じなければいけないのですか?わたしはあなたが好きだから、あなたのところに来るのです」
「よろしい。やがておまえは、わたしの母なる神を信じるばかりか、その名を聞いて涙を流すようになるだろう」
ラーマクリシュナはアドヴァイタ・ヴェーダーンタ(不二一元・ノンデュアリティ)の教えについてナレンドラに説きました。ナレンドラは注意深く聞いていましたが、まったく理解できませんでした。隣りの部屋に行って、そこに居合わせた人に話しました。
「神以外に何者も存在しないなんて!この水差しも神。このコップも神。見るものすべて神、わたしもあなたもみんなが神だ、なんてあり得ますか?」そして大声で笑いました。
そこへラーマクリシュナは法悦状態で入ってきてやさしくほほ笑みながら「いったい何を話しているんだい?」と言いながら、ナレンドラに触れました。後にナレンドラはこのように述懐しています。
「その瞬間、わたしの心は完全に転回した。全宇宙のすべてが神に見えた。家に帰ったが、その状態は続いたままだった。見るものすべてが神であった。食卓についたが、食事も、皿も、召使いも、わたし同様に光輝く神だった。通りに出ても、勢いよく走ってくる馬車を避けようとする気持ちになれなかった。『わたしは馬車だ。わたしと馬車は一つだ』
「この最初の酩酊状態が少し薄らぐと、こんどは世界が夢のように見えだした。散歩のときに道ばたの鉄柵に頭を打ちつけてみて、本物の柵か、幻なのか試そうとした。手足の感覚がないので、麻痺してしまうのではないかと思ったりした。この状態は数日間続いた。
普通の状態に戻った時、わたしの体験が不二一元の前ぶれだったと確信した。それ以来、わたしはアドヴァイタ・ヴェーダーンタの真理を疑ったことはない」
突然、不幸のどん底に堕ちて
裕福な家庭に生まれ、容姿に優れ、勉学やスポーツも万能だったナレンドラはラーマクリシュナという卓越した師にも恵まれました。
その順風満帆の人生を送っていたナレンドラに、不幸のどん底に堕ちるような出来事が起こりました。彼の父ヴィシュワナータが心臓発作で急死したのです。1884年の初めのことでした。
ヴィシュワナータはカルカッタ最高裁判所の優秀な弁護士でした。彼は非常に同情心の深い人で遠い親戚までも養い、貧しい人たち、困っている人たちに際限なく慈善を施すのでした。その中には、ドラッグや酒に溺れている者もいました。
ナレンドラは、こうした人たちにも金銭的援助をしている父を非難したことがありました。これに対してヴィシュワナータは答えました。「人生に降りかかる災難が、いまのお前にどうして理解できようか。彼らの苦しみの深さを思えば、酒に頼って一瞬でも苦しみを忘れようとする人たちに同情することだろう」
父の葬儀を行った後、調べてみると家の経済状態が惨憺たる有様であることがわかりました。ヴィシュワナータは、多くを稼いでいましたが、それ以上に気前よく出費を続け多くの借金を残したのでした。
借金取りは毎日ドアを叩きます。父が世話をした人たちは、手のひらを返したように冷淡になりました。親戚のある者は、先祖伝来の土地や屋敷を奪おうとして訴訟を起こしました。
金持ちの青年は一夜にして大学一の貧乏学生に転落したのです。
残された家族を養う義務は、長男のナレンドラの肩にのしかかりました。炎天下の中、ナレンドラは必死で仕事を探しました。しかし、有能な青年であるにも関わらず、なぜか全く職を得ることができませんでした。金持ちの友人たちは彼の苦境を見て見ぬふりをしました。
カーリー女神を受け入れる
その年の夏が過ぎ、雨季が来ました。ナレンドラは相変わらず空腹をかかえて、足を棒にして仕事探しと金策に回っていました。
ある日ナレンドラは師に「家族の困窮を救うように神に祈ってください」とお願いしてみたらどうかと思いつきました。
ラーマクリシュナはこう言いました。「どうしておまえが行って、聖なる母(カーリー女神)にお願いしないのだ?おまえの苦しみのすべては、おまえが母を受け入れていないところから来ているのだ。
わが子よ、わたしはおまえの苦しみが取り除かれるように、すでに何度も母にお祈りしてきたのだよ。だがおまえが母を望まない限り、母はわたしの祈りを叶えてくださらない。カーリー聖堂に行って、おまえの望みを願いなさい。願いは叶えられるだろう」
ナレンドラはカーリー聖堂に行きました。女神の像に近づくにつれて、カーリー女神が本当に存在していることをナレンドラはその目で見たのでした。
無限の愛と美の源泉である女神に圧倒されて、ナレンドラはこう祈りました。「母よ、識別智をお与えください。離欲をお与えください。いつのときにもさえぎられることなく、あなたのお姿を拝せるようにしてください!」
師の部屋に戻ると、ラーマクリシュナにこうたずねられました。「ねえ、家族が生活苦から逃れられるように、母にお願いしたかね?」
ナレンドラはびっくりして答えました。「いいえ、師よ、忘れていました。どうしましょう?」「行きなさい。もう一度行って、お祈りしておいで」
そこでナレンドラは再び聖堂に向かった。しかしカーリー女神の前に立つと、再び圧倒されてしまって、ここへ来た目的を忘れてしまいました。そして「智慧と信仰をお授けください」と祈りました。
そうしてまた師の部屋に戻ると再びたずねられた。「さて、今度はお願いできたかね?」
「いいえ、師よ、できませんでした。母を見るなり、神聖な力に圧倒されてしまって、すべてを忘れてしまうのです」
「お馬鹿さんだね! もう一度行って欲しいものを母におねがりしてきなさい」
ナレンドラは三度聖堂に入るや否や、ナレンドラは深く恥じ入りました。「何とつまらないものを、母におねだりしようとしたのだろう! これでは、師がよくおっしゃるように、王様の招きにあずかりながら、ひょうたんやカボチャをお願いしているようなものだ。なんという愚かさ!わたしはなんて心の狭いやつなんだろう」
そこでナレンドラは、女神の前で何度もぬかずいてこう祈りました。「母よ、智慧と信仰以外には何も望みません」
聖堂から出てきたナレンドラは、これらすべてのことはラーマクリシュナの仕掛けに違いないと気づきました。もはや彼には現世的な経済問題など、母なる神にお願いすることができなくなっていたのでした。
しかし、それでもナレンドラは家族のことが心配だったので、ラーマクリシュナに祈ってくださらないかとせがみました。ラーマクリシュナは最後に確約されました。「よろしい、質素な衣食には決して事欠かないだろう」
ナレンドラは以前、カーリーの像を礼拝することを偶像崇拝として繰り返し批判していました。しかしこの日の圧倒的な体験によって、ついにナレンドラは母なるカーリー女神を受け入れたのでした。
その後、ナレンドラの家族の財政状況は徐々に改善されていきました。
ラーマクリシュナの病気、ナレンドラの決断
ラーマクリシュナのこの地上での時間は残り少なくなっていました。ラーマクリシュナは咽頭癌にかかったのです。
のどに異常が生じたのは1885年のことでした。療養のため、彼はコシポルの別荘に移されました。そこはカルカッタからは遠く、泊まり込みで師を看病する人たちが必要となりました。
そのころナレンドラは、二つの問題を抱えていました。その一つは司法試験のための勉強、もう一つは、彼らの土地や屋敷を奪おうとする親戚との訴訟問題でした。しかし、ナレンドラは、それらへの思いを捨て、コシポルで師へ奉仕する道を決断しました。
ナレンドラに触発されて、他の若い弟子たちも泊まり込みで師の看病にあたりました。親の反対を押し切り、勉学への思いを捨てて、師への奉仕に徹したのでした。少し時間が空いたときには、ナレンドラを中心に、瞑想、キールタン(聖歌)、聖典についての議論などの修行に励みました。
ある日、ナレンドラは他の弟子たちが、師の病は伝染性のものだと噂しているのを耳にしました。ナレンドラは彼らを師の部屋に引っ張っていきました。足元には師の食べ残しの薄い粥が入った器がありました。それには師の唾液が混じっていました。ナレンドラはその器を取り上げ、彼らの前で粥を飲んでしまいました。若い弟子たちは安心するとともに、ナレンドラの師への愛と献身に感動したのでした。
ある日、ラーマクリシュナは自分に仕えていた若い弟子たちに、法衣と数珠を配りました。それから、師はみずから着衣の儀式を執り行ない、出家の戒を授け、弟子たちを托鉢の行に送り出しました。
これはつまり、ラーマクリシュナ僧団の始まりでした。師はナレンドラに言いました。「彼らのことはおまえに任せる。彼らが修行を怠らず、家に帰らないように、導いてやっておくれ」
ニルヴィカルパ・サマーディーの境地に
1886年の夏、ラーマクリシュナの病気は、いよいよ重くなりました。体は衰弱してやせこけ、立ち上がる力もなくなりました。師の最期が近づくにつれて、ナレンドラの神を悟りたいという渇望は極限まで高まりました。ある日、彼は師に、アドヴァイタ・ヴェーダーンタの最高の悟りである、ニルヴィカルパ・サマーディーを体験したいと懇願しました。
すると師は彼を叱責しました。「恥を知りなさい! おまえはそんなつまらないものを求めているのか。おまえは大きなバンヤンの樹となり、多くの人々がその木陰でやすらぐようになると、わたしは思っていた。それなのに自分だけの解脱を求めている」
ラーマクリシュナのこの言葉を聞いて、ナレンドラは涙しました。
しかし、それから数日後の夕刻、ナレンドラに師の祝福が与えられました。いつものようにナレンドラが瞑想に没頭していると、突然、後頭部に燃えている白熱の光を感じました。その光はより強く大きく輝きを増し、さく裂しました。宇宙は消え去り、彼は絶対者、ブラフマンに没入しました。彼はついにニルヴィカルパ・サマーディーの境地に到達したのです。
ナレンドラの意識が戻り始めたとき、彼は自分の頭以外の肉体の感覚を全く感じることができませんでした。「わたしの体はどこにあるのだ!」彼は叫びました。兄弟弟子は答えました。「ここにあるよ。どうしたのだ、ナレンドラ。わからないのか?」
しばらくして通常意識を回復したとき、師は言いました。「さあ、これで母なる神はおまえにすべてをお見せになったね。でも当分の間、宝物の箱のようにそれには鍵をかけておこう。鍵はわたしがあずかっておく。おまえには使命があるのだ」
ラーマクリシュナの最期
亡くなる数日前に、師はナレンドラをそばにお呼びになり、彼を見すえたままで深い瞑想に入りました。ナレンドラは体に電流が流れるような感じとともに、外界の意識を失ってしまいました。
彼が再び意識を取り戻すと、ラーマクリシュナの顔が涙にぬれていました。「ああ、ナレン。今日、わたしは持てるすべてをおまえに渡した。その力でおまえは世界に偉大な善をしておくれ。その仕事が終わったらわたしのところへ帰ってきなさい」
そしてラーマクリシュナの死の二日前、ナレンドラは「師がこの苦しみの只中にあっても『わたしは神の化身だ』と宣言されるならば、その神性を信じよう」と思いました。
そのとたん師は「ラーマだったお方、クリシュナだったお方が、ラーマクリシュナの姿をとって生まれ変わった。信者のためにね」と自身の正体を明かしたのでした。
そしてラーマクリシュナは1886年8月16日にこの世を去りました。享年50歳。この時、ナレンドラは23歳。最愛の師と過ごした期間は5年間でした。
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