三日間の教育とがっかりしたラーマクリシュナ
少年ラトゥは前述のように全く学校教育を受けませんでした。そこでせめて読み書きだけでもと、ラーマクリシュナ自らが、ラトゥにベンガル語のアルファベットを教えようとしました。
しかしビハール生まれのラトゥの発音は、ベンガル語の発音とかなり違っており、ラーマクリシュナはたいそう面白がりながら、何度も彼の発音を正しました。師もラトゥも笑い出し、その日の勉強は終わりました。
三日間、この試みは続きました。しかし結局ラーマクリシュナはがっかりして、「お前の勉強はもうやめだ」とあきらめました。こうしてラトゥの教育は終わりを告げたのでした。
ある日ラーマクリシュナは、霊性の息子ラカール(後のブラフマーナンダ)にキンマ巻き(口腔清涼剤)を作るように頼みました。ラカールは「作り方を知らない」と答えました。
「これは妙なことを」ラーマクリシュナは言いました。「キンマ巻きの作り方を覚えるのに、見習い職人になって訓練を受けなければならないというのか? 行って、作って、持ってきなさい」
それでもラカールは動きませんでした。それを見ていたラトゥはイライラしました。ラカールはラーマクリシュナの言うことをのらりくらりとかわしていました。
ついにラトゥの堪忍袋の緒が切れました。「どうして師の言う通りにしないのか? きみは師と言い争っている! 君のふるまいはおかしい!」
ラカールは言い返しました。「そう思うなら自分でやりに行ったらいいじゃないか。ぼくはやらない」
ラトゥの怒りは頂点に達しました。彼はわけのわからぬ言葉で怒鳴り散らしていました。
ラーマクリシュナはこの騒ぎを面白がって、甥のラムラルを呼びました。「さあ、ラムラルや、この二人のどちらが偉い信者か言ってごらん」
ラムラルは師のねらいを察して答えました。「ラカールだと思います」
ラトゥはこの意見を聞いて激情にかられました。「ああ! 何という裁決だ。ラカールは師に逆らった。なのに彼が偉いとは!」
師ラーマクリシュナは笑って言いました。「ラムラル、お前の言う通りだ。そうだ、ラカールの信仰心の方が上だ。ラカールがどんなにたやすく微笑んで話しているかをごらん」
そしてラトゥを指さして「それにひきかえラトゥのひどい怒りようといったら! 本物の信者が主の御前で怒りを見せることができるかね? 怒りは悪魔のようだ。怒ると愛も信仰も羽がはえて飛んでしまう」
ラトゥは急所を突かれました。彼の目に涙が浮かびました。彼は師に言いました。「わたしはあなたの前で二度と怒りません。お許しください」
煩悩との戦い
ラーマクリシュナは繰り返しラトゥに説きました。「お前の心をいつもけがれなく保ちなさい。不浄の考えを入り込ませてはならない。
お前を苦しめるそのような煩悩を見つけたら、神に祈って、神の御名を唱えなさい。神はお前を守ってくださる。
それでも心が静まらなければ、母なる神の聖堂に行って彼女の前に座りなさい。でなければここ(ラーマクリシュナ自身のこと)に来なさい」
ラトゥは、己の煩悩と戦い続けました。彼は数々の心のけがれに立ち向かい、ときには悲痛の涙を流しました。
ある日のラトゥは、獰猛な煩悩に圧倒されてしまいました。神の御名を唱えることはもはや不可能でした。そこで彼は師の下へ走ったのです。
ラトゥがラーマクリシュナの前に来た瞬間、彼は救われました。師はラトゥにこう諭しました。「そう、煩悩は来ては去る。しかし、神の御名を唱えることを諦めてはいけないよ」
兄弟弟子のゴーパールはこのように回想しています。「ラトゥはわれわれ全員の中で最も誠実であった。彼は自分の心のけがれを、包み隠さず師に打ち明けた。彼は、普通人が決して口にしない自身の汚点を伝えることに、何の躊躇いもなかった」
またある日のラトゥは、瞑想を中断してアーサナ(瞑想用の座)の上に立ち尽くしていました。彼の目には涙が溢れ、他の誰一人として理解できないことで、ぶつぶつ不平をこぼしていました。
そのときラーマクリシュナが現われました。するとラトゥは大声で泣きはじめました。師は仰いました。
「わたしの息子よ、もっと人気のないところでアーサナを広げなさい。そうすれば、女性の視線はお前に注がれないから」
さらにある日も、ラトゥは煩悩と格闘していました。すると天から「あなたは彼の子じゃないの?」という声が響き渡りました。神聖な力がラトゥに流れ込み、全てのけがれたイメージが一瞬にして消え去ったのです。
しばらく経つと、ラーマクリシュナが現われてこう言いました。「我が息子よ、今日は助けられて幸運だったね」
托鉢行
「我が息子よ、サードゥ(出家修行者)は施しを乞うて生きる。施しで生活するというのは、エゴ(自己中心癖)を滅却するのにとても役に立つよ」と、托鉢行についてラーマクリシュナは説きました。
ある日、ラトゥは師の命で托鉢に出かけ、かなりの量の食料を午後に持ち帰りました。これを見てラーマクリシュナは「息子よ、今日一日に必要な分だけを受け取るべきだよ。托鉢で得たものは、翌日まで取って置いてはいけない。覚えておきなさい」とアドバイスしました。
また別の折、ラーマクリシュナは忠告しました。「心に留めておきなさい。ある者達はお前達に罵声を浴びせ、またある者達は祝福し、ある者達は金銭をくれるだろう。それらすべてを平静心を持って受け取りなさい」
ラトゥとラカールは、師に敬礼して托鉢に出ました。一軒目の家では、顔をしかめた紳士が、呪いの言葉と罵声を浴びせながら出てきました。
「こいつらの頑強で恰幅の良い体つきを見てみろ! そんなこいつらが物乞いだと? ここから出て行け!」
ラカールはすっかり気落ちしてしまいました。ラトゥは彼を慰めました。「師がわれわれに忠告なさらなかったかい?
誰かが罵声を浴びせたらどうするんだっけ? 師はわれわれに、称賛であれ非難であれすべてを受け入れるように仰っただろう? さあ、次の家に行こう!」
ラカールはあまりにも気おくれしてしまい、彼をそこから連れ出すのにしばらくかかりました。
次は、年老いた未亡人の家でした。彼女は「愛しい少年達よ、どんな運命があなた達を托鉢へと駆り立てたのですか? 何を乞うているのですか?」と尋ねました。
二人が托鉢をしている理由を説明すると、彼女は大変満足して「あなた方の人生の目的が達成されますように」と太陽神を見上げて彼らの成功を祈りました。
二人はさらに多くの家々を訪ね、米や金銭やその他のものを受けとりました。彼らは托鉢で得たものをラーマクリシュナの前に並べ、報告しました。
師は仰いました。「その老寡婦の言う通りだ。太陽神とここ(ラーマクリシュナ)には繋がりがあるのだよ」
ラトゥの瞑想訓練
ある日の夜明け前、ラーマクリシュナは弟子たちを起こして、座らせました。「今日は主の御名を一心に繰り返して深く潜りなさい」
そして皆を瞑想に入れると、ラーマクリシュナは歌い始めました。「目覚めよ、おお、マザー・クンダリニー(根源的な生命エネルギー)よ、目覚めよ!」
歌いながら師は弟子たちの周りを何度も回りました。すると不意に、ラカールの全身が、激しく震えだしました。
同時に、ラトゥが叫び声を上げました。師はラトゥの肩に手を置き、ラトゥを押さえて言いました。「立つな! そのままでいなさい」
ラトゥは激しい痛みを感じていましたが、師は彼を立ち上がらせませんでした。そしてラトゥは通常意識を失いました。
このように、歌を通じてさえ、ラーマクリシュナは弟子たちに霊的な力を注ぎ込んでいたのでした。
あるときシヴァ聖堂で瞑想しているはずのラトゥが、午後遅くになっても戻って来ませんでした。ラーマクリシュナが行くと、ラトゥは不動の姿勢のまま深い瞑想に没入していました。
彼は汗びっしょりになっていました。師は自ら、ラトゥの体を扇で扇ぎはじめました。
しばらくして、ラーマクリシュナは言いました。「さあ、もう黄昏時だよ。お前はいつ明かりを灯してくれるのかい?」
師の声で、ラトゥはゆっくりと通常意識を取り戻しました。目を開けると自分の前に師がいて、自分を扇いでいるので、びっくりして叫びました。
「何をなさっているのですか! これではわたしの面目丸つぶれではありませんか! お仕えすべきなのはわたしなのです!」
ラーマクリシュナは愛情をこめて言いました。「違うのだよ、わたしが仕えているのは、お前の中にいる主シヴァなのだ。こんな耐え難い暑さの中では、主は居心地が悪かっただろう。主がお前の中に入ったのを知っていたかい?」
ラトゥは答えました。「いいえ、わたしは何も知りません。リンガ(シヴァ神の象徴)をじっと見つめていると、すばらしい光が見えました。その光が聖堂全体に満ち溢れたことを覚えています。その後わたしは意識を失ったのです」
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