ブッダ伝(10)殺人鬼アングリマーラの救済

仏教

なぜアングリマーラは無差別殺人を行ったのか?

アヒンサカは12歳の時に、コーサラ国で500人の弟子を持つ学識あるバラモンの弟子になりました。アヒンサカは聡明で、武芸に優れ、美しい青年でした。ヴェーダの教えを熱心に学び、行いも立派だったため、若くして師の高弟になりました。

師の妻はアヒンサカの魅力に惹かれ、彼に思いを寄せていました。ある日、夫の留守中にアヒンサカに愛の告白をし誘惑しました。しかし、アヒンサカは誠実な青年であり、断固として拒絶して、その場を離れました。

ところが、憤った師の妻は自分の服を引き裂き、髪を乱して床の上に倒れ、夫の帰りを待ちました。そして夫に「アヒンサカに辱めを受けた」と泣きながら訴えました。これに激怒したバラモンは、報復のために残忍な命令をアヒンサカに下しました。

「お前はすでに私の教えをすべて修得した。後はただ一つ秘法が残っている。それを得るには、通りで出会った人を殺し、指を切り取り、それで首飾りを作るのだ。百人の指が集まったとき、お前の悟りが完成する」と告げて、彼に剣を渡しました。

アヒンサカは、非道な修行に困惑し苦悩しましたが、師の命令に従い、人々を殺して指を切り取っていきました。このため彼は『アングリマーラ(指の首飾り)』と呼ばれ、人々を恐怖に陥れました。

村人は家を捨て、その地域一帯は廃墟と化しました。彼らは、国王に殺人鬼の恐怖を訴えましたが、アングリマーラは追討の兵士を返り討ちにしてしまいました。

ブッダはいかにして殺人鬼を改心させたのか?

その頃、サーヴァッティの祇園精舎に滞在していたブッダは、ある日、托鉢の椀を持ち、一人で殺人鬼の出没するという地域に向かいました。ブッダを見つけた人々は口々に「そちらに行くのは危険です。人殺しがいます」と引き止めましたが、ブッダは悠然と歩いて行きました。

アングリマーラはすでに99人の指を収集していました。あと一つで目的が達成されるのです。そのとき彼は、一人の出家修行者が歩いているのを見て驚きました。

「なぜ一人で来るのか? この街道を行く者たちは皆、私を恐れて護衛の兵士をつけるというのに、一体彼は何者なのか?」と疑問をいだきましたが、それでも、いつものように剣を手にしてブッダの後を追いました。

しかし、ゆっくりと歩いているかに見えるブッダに、いつまで経っても追いつけませんでした。この時、ブッダは神通力を発揮していたのです。アングリマーラがあらん限りの速力で駆けてもブッダに追いつけず、ブッダはふだん通りの速さで歩いていくのでした。

ついに力尽きたアングリマーラは立ち止まり、「おい、そこの坊主、止まれ!」と叫びました。「止まれと言っているだろうが。なぜ止まらん」

しかしブッダは歩きながら「私はとっくに止まっている。アングリマーラよ、そなたこそ止まりなさい!」と答えました。

自分の正体を知っていながら、恐れを知らないブッダの態度に、アングリマーラは驚きました。「お前は歩いているのに止まっていると言い、俺は立っているのに止まれという。それは一体どういうわけだ?」と叫びました。

ブッダは振り返り、その慈愛の目で、彼の目を覗き込みました。


アングリマーラよ、 私は永遠に止まっている。私はすべての生きとし生ける者への暴力を止めたのだ。ゆえに心は常に静かだ。だがそなたの心は命ある者に対して害心を持ち、止まる事なく苦しんでいるではないか。

それゆえ、私は止まっており、そなたは止まっていないのだ。私はそなたを哀れんで救いに来た。迷える者よ、早く悪夢より覚めて仏道に入れ」と語りかけました。

ブッダの愛ある言葉と無上の威徳に触れて、さしもの殺人鬼も剣を捨ててひれ伏しました。アングリマーラは両手で顔を覆って慟哭どうこくしました。ブッダは彼を祇園精舎に連れ帰り、出家させました。

生まれ変わったアングリマーラ

パセーナディー王は武装した兵士を伴い、祇園精舎にやって来ました。「大王よ、隣国からの侵略でもあったのですか?」とブッダは尋ねました。

国王は「いいえ、尊い師よ。まさかとは思いますが、ここにアングリマーラという殺人鬼がいるという訴えがあったので、一応来てみたのです」と答えました。

ブッダは「もし、そのアングリマーラが悔い改めて二度と殺人をしないと誓ったら、私のもとで出家して、戒を守り、すべての命を敬うことにしたら、それでも彼を処刑されますか?」と尋ねました。

王は答えました。「そのような場合は、彼を許してやるだけでなく、法衣や食料、薬でも何でも贈るでしょうな。しかし師よ、どうして殺人鬼がそんなことになるのでしょうか?」

ブッダは自分の後ろに静かに立っている比丘を指差しました。「大王よ、この者こそ、アングリマーラです。彼はすでに生まれ変わっています」

パセーナディ王はびっくりして、恐怖に襲われました。ブッダは王をなだめました。「怖れる必要はありません。大王よ、彼はもはや過去の人間ではありませんから」

王は落ち着きを取り戻し感嘆しました。「すばらしい! 尊い師よ。あなたは刑罰も武器もなしに殺人鬼を改心させたのです」

アングリマーラ:殺人鬼から聖者への変貌

その後、仏弟子アングリマーラは托鉢に行った町で人々に復讐され、棒で打たれ、石を投げられて、毎日血まみれになりながら、精舎に戻りました。ブッダはすぐに治療の手配をさせ、そして彼に

「耐えなさい! 聖者よ、耐えなさい! 地獄で何年も、何百年も、何千年も受けねばならない悪業の果報を、そなたは今、この現世で受けているのだから」と励ましました。

別のある時、アングリマーラは難産で苦しんでいる女性を見つけ、ブッタに駆け寄って、どうすれば良いか尋ねました。

ブッダは「すぐに妊婦にところに行って、こう祈ってあげなさい。『私は生まれてこのかた、故意に命あるものを殺めたことはありません。その功徳によって、あなたは安全に出産できるでしょう』と言いなさい」と助言しました。

「それでは嘘になってしまいます」とアングリマーラは答えました。

「では急いで行って、こう言うが良い。『婦人よ、私は比丘になるという聖なる誕生をしてから、いかなる命も、故意に傷つけたことがありません。この功徳によって、あなたと、あなたの赤子が、安らかでありますように』」とブッダは言いました。

アングリマーラがそのとおりにすると、女性は無事に出産しました。

ある日の朝、アングリマーラが托鉢に歩いていた時、かつての犠牲者の家族に襲われました。彼らの襲撃は容赦なく残忍なもので、アングリマーラは重症を負ってしまいました。彼はブッダに話しました。

私は自分の煩悩によって多くの命を奪い、アングリマーラと呼ばれるようになりました。しかし幸いにもあなた様の導きで悟りを開きました。あなた様はよくぞ私のような極悪人を憐れみ、お助けくださいました

おかげさまで心は明るく、痛みも苦になりません。私はもう生も望まず、自殺しようとも思いません。やがてこの世の縁が尽きれば、涅槃に入ることは明らかです

その後まもなく、アングリマーラは安らかに亡くなりました。

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