モッガラーナを語る2つのエピソード
モッガラーナは恐れを知らぬ剛毅な性格の持ち主でした。彼は常に真っ向から真実を語り、妥協することを知りませんでした。
ある時、ブッダの説法を聞こうと多数の比丘が集まっていましたが、いつまで待ってもブッダは沈黙を守り一言も話しませんでした。夜が更けていく中、気遣った侍者のアーナンダがブッダに説法をお願いしました。するとブッダは「このなかに不浄な比丘がいる。ここでは法を説くことができない」と述べました。
そこでモッガッラーナが他心通を使って比丘たちの心を見て、二人の不浄な比丘を見つけました。彼はその前に立ち、「お前たち、すみやかに去れ!」と命じましたが、二人は黙ったままでした。
モッガッラーナは「愚か者たちよ、遠くへ行け! ここにいるべきではない」と二人を門外へつまみだしました。モッガラーナが席に戻ると、ブッダは「今から教えを説こう」と説法を始めました。
また別の時、コーサラ国のヴィドゥーダバ王が率いる軍勢が、ブッダの故郷カピラ城に攻め込みました。モッガラーナは、「神通力でコーサラ王の大軍を撃退し、世界の外に投げ捨てましょう」と申し出ますが、ブッダはこれを許しませんでした。「それならばカピラ城を空中に浮かせましょう」と提案しますが、ブッダはこれも許しませんでした。
「モッガラーナよ、釈迦族が攻められるのは自らが積んだ過去の業(カルマ)の報いである。そなたは、カルマを世界の外に投げ捨てることができるか? カルマを空中に浮かせることができるか? 空を地となし、地を空となすことができても、カルマの返るところには力が及ばないのだ」
これを聞いたモッガッラーナは、因果応報のカルマは止められないと悟り、剛毅な思いを抑えました。
ウッパラヴァンナーの救済
ブッダは比丘尼(尼僧)たちが見習うべき模範として、ケーマーとウッパラヴァンナーの名前を挙げました。ケーマーを比丘尼たちの中で『智慧第一』、ウッパラヴァンナーを『神通第一』と称えました。このウッパラヴァンナーを仏教へと導いたのが、モッガラーナでした。
ウッパラヴァンナーは、コーサラ国のサーヴァッティーの長者の家に生まれ、幼い頃からその美しさが青蓮華にたとえられるほどでした。16歳で結婚し娘をもうけましたが、夫が密かに自分の母親と不倫していることを知りました。夫と母の道ならぬ関係に耐えきれず、彼女は娘を置いて家を出て行きました。
その後、ヴァーラーナシーで裕福な商人と出会い、再婚しました。数年後、今度は夫がひそかに若い愛人を囲っていることを知りました。愛人の正体を突き止めると、信じられないことに、それは彼女がかつて捨てた我が娘だったのです。
またもや母娘で夫を共にした運命に直面し、もはや人を愛することも信頼することもできなくなったウッパラヴァンナーは、商人の家を飛び出し、その美貌を生かして高級娼婦となって暮らしました。
自暴自棄に陥っていたウッパラヴァンナーは、ある日、街を歩いていた修行者を艶めかしい姿で誘惑しました。その修行者こそがモッガラーナだったのです。
彼は一瞬でウッパラヴァンナーの眼差しのなかに隠された深い苦悩を見抜きました。モッガラーナは神通力を使って自身を空中に踊らせると、力強く言い放ちました。
「女よ、そなたは自分の身体がどんなに醜く、けがれているかを知らないのか。それは肉と骨で構成され、皮膚の中には汚い液体が満ち満ちている。そなたがもし自分の身体の不浄さに気づいたなら、飾り立てている身体を、夏の厠のように忌み嫌うだろう」
ウッパラヴァンナーは驚きの表情で、モッガラーナの威厳のある姿を仰ぎ見ました。気高い聖者から放たれる光と言葉によって、彼女の心は打ち砕かれました。彼女は長い苦悩から目醒め、自分の哀れな姿を悟り、涙を流しました。
「尊者よ、私の人生は呪われていて、堕落に満ちています。生きる意味を見いだせない私ですが、どうか尊い教えを授けてください」
モッガラーナは慈悲深く教えを説き、ウッパラヴァンナーの心に真理の光をもたらしました。彼に導かれてブッダの弟子となった彼女は、熱心に修行を重ね、悟りを開き、尼僧の模範とされるほどになりました。モッガラーナが男性の中の神通第一と言われたように、ウッパラバンナーは女性の中で神通第一と言われました。
デーヴァダッタから五百人の新弟子を連れ戻す
野心に取り憑かれたデーヴァダッタは、仏教僧団の分裂を引き起こしました。彼は新しく出家したばかりの五百人の比丘を集め、
「私が提唱する五つの新しい戒律を守らなければ、悟りを開くことは不可能だ。さあ、我に従え!」と弁舌をふるい、彼らをガヤーシーサへと連れ去ったのです。
サーリプッタとモッガラーナは五百人の新比丘を救い出すために、ブッダの許しを得てガヤーシーサへと赴きました。その途中で両人の姿を見かけ泣き出す比丘もいました。「ああ、二大長老もまたデーヴァダッタの弟子になってしまうのでしょうか!?」
ブッダは微笑んで比丘たちを慰めました。「憂うることはない。二人はガヤーシーサにおいて、法徳を示すだろう」
サーリプッタとモッガラーナがガヤーシーサに着いた時、デーヴァダッタは、弟子たちで膨れ上がった集会の中央に坐り熱弁をふるっていました。そして二人を見て歓迎しました。デーヴァダッタは己の野心に目がくらみ、ついにブッダの高弟までもが自分の傘下に入りに来たのだ、と思い込んだのです。
これまでの暗躍と、新しい弟子たちへの連日の指導からか、この日のデーヴァダッタはひどく疲れを感じました。彼はブッダを真似てサーリプッタに説法の代役を頼むと、そのまま眠気に耐えかねて眠りこけてしまいました。実はこれは密かに行っていたモッガラーナの神通力によるものでした。
サーリプッタは、深い洞察と智慧を持って比丘たちに語りかけ、ブッダの教えの真の意義を明らかにしました。いかにデーヴァダッタの弁舌が素晴らしくても、『智慧第一』のサーリプッタの説法はまさに別格でした。やがて比丘たちは真理の光を見出し始めました。
「すべて生じる性質のものは、滅する性質のものである」
そうして五百人の新参の比丘たちは、ブッダの教えの崇高さに気づきました。五百人の新比丘たちはブッダの教団から離れたことを悔やみました。
サーリプッタが「ブッダの弟子ならば、ただちに我らとともに来るがよい」と言って席から立ち上がると、五百人の比丘は後に従いました。デーヴァダッタの側近たちが抗議して何か叫んでいましたが、これもモッガラーナが神通力で抑え込んでしまいました。
竹林精舎の比丘たちは、サーリプッタとモッガラーナ、五百人の比丘たちを歓喜して迎え入れました。
サーリプッタの入滅
サーリプッタとモッガラーナは、40年以上にわたりブッダに仕え、数え切れない人々を慈悲によって悟りの道へと導きました。
ブッダ80歳のとき、病気がちだったサーリプッタは、師の般涅槃が近いことを悟りました。
「師の般涅槃を見るのは耐えられない。先に逝きたい。私の母はまだ仏法を知らずに故郷で過ごしている。最後に母にも仏法を伝えて、自分の生まれた家でこの世を去ろう」と彼は決意しました。
竹林精舎に滞在していたブッダのもとを訪れ、サーリプッタは最後の別れを告げました。
「世尊、別れの挨拶に参りました。どうかご了承くださいますように。仏とのご縁、誠に有り難く、厚く厚く御礼申し上げます」と彼は深く感謝の意を表わしました。
ブッダはサーリプッタに最後の説法をするように求めました。彼は比丘たちにブッダの徳を讃え、教えの尊さと偉大さを説きました。
それからブッダに深々と合掌礼拝すると、その姿勢のまま一歩下がり頭を下げ、ブッダの姿が見えなくなるまで後ずさりして去りました。
多くの比丘たちが別れを惜しんで彼の後をついてくるので、
「そんなにたくさんの供は要らない。一人で十分である。
人間の身体を得ることは難しく、仏法を聴くこともまた難しい。
すべては無常であるから、そなたたちは一心に修行せよ」
とサーリプッタは弟子を一人だけ連れて、生まれ故郷へ向かったのでした。
ナーラカ村に着くと、サーリプッタは母ルーパサーリーに渾身の力を振り絞って仏法を説き、彼女を初地の悟りへと導きました。駆けつけた親戚や村人にも教えを説いて五人、十人と帰依者を得ました。ついに明け方、サーリプッタは蓮華座を組みそのままの姿勢を崩すことなく入滅したのです。
モッガラーナの壮絶な最期
そのころモッガラーナは、イシギリ山の黒岩窟で一人瞑想修行をしていました。彼はこれまで強大な神通力で外敵を退け、仏教教団を守護し続けてきましたが、そのために多くの異教徒から恨まれていました。
モッガラーナは自分に迫る運命を神通力で察知していました。彼はしきりに自分を狙う
者たちの眼に気づいていました。
モッガラーナの神通力をもってすれば、いかなる襲撃も簡単に避けることができましたが、過去世における悪業の報いとして、いずれ自分の肉体に殺傷が及ぶことを理解していました。ならば老齢のいま、すべての因縁をこの場で精算したいと望んでいました。
モッガッラーナは裸形外道(ジャイナ教徒)が雇った盗賊たちの襲撃を、恐れることなくその肉体に受けました。棍棒や石で撲殺される直前に神通力でブッダに別れを告げ、最後の涅槃に入りました。これはサーリプッタの入滅からわずか半月後のことでした。
ブッダは、サーリプッタとモッガラーナの功績を称え、遺骨を納めた宝塔(ストゥーパ)の建立を指示しました。
コメント