【感動秘話】師トータープリーとラーマクリシュナの物語(終)

Ramakrishna world

【トータープリー、怒りを捨てる】

ある夜、トータープリーとラーマクリシュナは聖火ドゥ二の前に座っていました。二人は高い意識状態に入りつつ、神聖な会話を楽しんでいました。そこへ一人の寺の男が通りがかり、聖火とは知らず、タバコに火をつけました。

「無礼者!」それに気づいたトーターは激怒しました。そして彼は男に対して火箸を振りかざしました。するとラーマクリシュナは大笑いし、叫びました。

「ああ、惨めなこと! ああ、何という忘れっぽさ!」

ラーマクリシュナは繰り返しこう言いながら、腹を抱えて笑い、地面を転げまわりました。トーターは「なぜ笑うのか? あの男が悪いことをしたのがわからないのか?」と言いました。ラーマクリシュナはこう答えました。

「『ブラフマン以外に実在するものは何もない』とあなたは言ったばかりではないですか。でも次の瞬間には何もかも忘れて、一人の男を打とうとする! 

あなたの大事な火がブラフマンなら、この男もブラフマン。いったい何を怒っているのですか? 何が無礼なのですか? だからわたしは、マーヤーの全能の力を思って、笑わずにはいられなかったのです」

これを聞くとトーターは厳粛な顔になりましと。しばらく沈黙した後に、こう言いました。

「あなたの言うとおりだ。怒りに負けて、わたしは本当に、何もかも忘れてしまったのだ! 怒りは実にまったく、不埒なものだ。わたしは今この瞬間から、怒りを捨てる」

実際にこの日以来、トーターは、二度と怒ることはありませんでした。

パンチャヴァティ(5種の聖なる樹の杜)トータープリーはここで火を焚いた

トータープリー、病にかかる

トータープリーは、病気や消化不良や、その他の身体の不調とは全く無縁でした。食べた物は何でも消化し、どこでも熟睡しました。

しかし予定に反して数カ月以上をドッキネッショルで過ごすうちに、ベンガルの水と、高温多湿の気候のために、トーターは体調を崩し始めました。

トーターはこれ以上いると病気になるのがわかっていました。しかしラーマクリシュナとの交流があまりに素晴らしいため、彼をしてこの地を去らせないでいました。

ついにトーターは、赤痢にかかりました。昼夜続く激しい腹痛によって、常に寂静のサマーディにあった彼の心も、ブラフマンから離れて肉体意識に降りてきました。

苦痛が増すにつれていよいよここを去ろうと考え、トーターはラーマクリシュナに別れの挨拶に行きました。しかし彼に会うと、トーターは神の話に夢中になってしまい、挨拶のことをすっかり忘れてしまうのです。そうして同じ事が何度も繰り返されたのでした。

あるときは、神の話をしながらも、別れの挨拶のことを考えていましたが、何者かが、自分の口をつぐませるのを感じました。そこでトーターは、「今日はやめておこう。話すのは明日にしよう」と思うのでした。

トータープリー、入水自殺を決意する

こうして時が過ぎていきました。トータープリーの赤痢の病は悪化し、体は衰弱しました。ラーマクリシュナは、特別の食事、薬、その他の療法等のできる限りの世話をしましたが、病は重くなる一方でした。

とはいえトーターは、強靱な意志の力でサマーディに没入することによって、肉体感覚から離れ、心の平安を保つことはできていました。

しかしある夜、今までにないほどの激しい腹痛が彼を襲いました。あまりの痛みにトーターは横にもなれませんでした。そこで意識を肉体から離し、サマーディに没入しようと試みましたが、なかなか成功しません。一瞬はサマーディに至りますが、激しい痛みのため肉体に意識が戻るのでした。

トーターは、自分の意識をブラフマンの境地から執拗に引きずり下ろすこの肉体というものに、強い嫌悪感を覚えました。

「『骨と肉でできた檻』である肉体のために、今夜はわたしの心すらもわたしの支配下にない。こんなやっかいな肉体などは捨ててしまえ! わたしは肉体ではないのだ。

なぜこんな腐った肉体の中にいて、痛みに苦しまなければならないのか? これ以上、こんな肉体を大切にして何の役に立つのか?」

トータープリーは肉体を溺死させることを決意しました。悟りに到達した者の自殺は罪ではないとされています。彼は心を強くブラフマンに集中させると、ガンジス河に足を踏み入れ、徐々に深みへと進んで行きました。

トータープリー
トータープリー

トータープリー、母なる神を悟る!

カーリー寺院のそばを流れる大河ガンジス河は、少し進むと非常に深くなっています。しかしこの日は、トーターがどれだけ進んでも深くならず、彼は不思議に感じながらも河の中を歩いて行きました。

闇の中に、何と対岸の木々や家々が見えてきました。対岸に着きそうになっているのに、ガンガーの流れは一向に深くなりません!

「これは何という不思議な、神のマーヤーだろう! 今夜はこの大河の中に、自殺に足るだけの水さえもないなんて! 何という、前代未聞の神のお遊びなのだろう!」

するとその瞬間、トーターの叡智を覆っていたヴェールが切って落とされました。トーターは目もくらむような光輝に圧倒され、彼はそこに、無智や迷信の産物だと否定してきた、母なる神の姿を実際に見たのでした。

「マーよ、マーよ、マーよ、宇宙の根源よ! 不可思議の力なるマーよ! 大地の中の母、そして水の中の母よ! 肉体はマーである。そして心はマーである。病はマーである。そして健康はマーである。叡智はマーであり無智はマーであり、生はマーであり、死はマーである。

わたしが見、聞き、思い、想像する一切はマーである。彼女は肯定を否定に、否定を肯定になさるのだ! 人が肉体にいる間は、わたしは彼女の支配を免れる力を持っていない。そうだ、彼女が思召すまでは死ぬこともできないのだ」

母なる神、つまりマーヤーを生みだす根源的力シャクティとブラフマンは一つであることを、トーターは完全に理解したのでした。彼は元いた岸に戻り始めました。

天のあらゆる方向に「マーよ! マーよ!」という叫びがこだましているのを感じました。彼はついに母なる神の神秘を、人知を越えた、一切に遍在する姿で直接的に悟ったのです。

トーターは母の御足に、自分自身を完全に捧げ物として捧げました。肉体にはまだ苦痛はありましたが、心はかつて経験したことのないほどの至福に包まれ、我を忘れていました。

トーターはそのままパンチャヴァティの自分の座に戻ると、夜が明けるまで、母なる神の御名を唱えたり瞑想したりして過ごしました。

ドッキネッショル寺院のカーリー女神像

大円満

朝が来て、ラーマクリシュナがトータープリーに挨拶にやってきたとき、彼は、トーターが全くの別人になっているのに気づきました。その顔は至福に輝き、唇は微笑にほころび、肉体は病から完全に解放されていました。

トーターはラーマクリシュナに昨夜の出来事をすべて話し、さらにこう言いました。「この病気は、わたしの友となってくれた。わたしは昨夜、母なる神のヴィジョンを見、彼女の恩寵によって病から解放された。

ああ、実に長い間、わたしはなんと無智だったことか! この真理を教えるために、わたしをここに留まらせたのが母なる神だったことが今はわかる。

なぜなら、わたしはずっと前からここを去ろうと思って、何度もあなたの所にいとまを告げに行った。ところが何者かがわたしの心を他の話題にそらせ、いつもわたしがそのことを口にするのを妨げていたのだ」

ラーマクリシュナは微笑んで言いました。

「そう、あなたは前にはマーを認めず、『シャクティは非実在だ』と言って、わたしに反対したのですよ! しかし今は自ら母なる神をごらんになった。直接経験があなたの哲学に勝ったのです」

そのとき音楽堂から朝の讃歌が聞こえてきました。お互いがお互いの師であり弟子である、という不思議な関係である二人の偉大な魂はともに立ち上がりました。二人は母なる神の聖堂に行き、カーリー神像の前にひれ伏しました。 

トータープリーは、ドッキネッショルを去り、再び遍歴の放浪生活へと戻っていきました。

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